ビジネス×行動経済学

行動経済学や行動心理学など行動科学の理論やバイアスをビジネスに適用することを目的にしたブログです

忘年会って本当に意味あるの?──Z世代が「行かない理由」を行動経済学で読み解く

皆さん、こんにちは。

本ブログでは、行動経済学を企業経営やビジネス戦略の現場で活用するための実践知をお届けしています。理論だけでなく、行動心理学・認知心理学社会心理学といった周辺領域の知見も交えながら、組織の意思決定や環境設計への応用方法を考えていきます。

 

12月が近づくと、恒例のように社内チャットやメールで「今年の忘年会どうしますか?」という話題が飛び交います。一方で、同じスレッドの中に、こんなつぶやきが紛れ込むことも増えてきました。「正直、忘年会って意味ありますか?」「プライベートの時間を削ってまで行く必要、あるんでしょうか」。

ダイヤモンド・オンラインの記事によると、「飲み会って行かないとダメなんですか?」と上司に相談するZ世代の若手社員が増えているそうです。そこで紹介されていたのは、「行かなくていいよ」と突き放す上司でも、「とりあえず若手は顔を出せ」と命じる昭和スタイルの上司でもなく、「行く・行かないは自由。ただ、私はこういう理由で行っているよ」と自分の経験を“情報”として渡す上司でした。

diamond.jp

一方、日本経済新聞の記事によると、「職場の飲み会は人間関係構築に効果的とは思わない」と答えたZ世代が6割近くに上る一方で、忘年会・新年会を実施する企業はなお5割超に達しているそうです。つまり、会社は「集めたい」、若手は「行かなくてよいなら行きたくない」。このギャップが、静かな摩擦を生み出しているわけです。

www.nikkei.com

昭和の時代、上司に「行くぞ」と言われて飲み会を断るのは、ほとんど“ありえない選択”でした。それが今や、「仕事と関係ないなら行かない」「お金と時間の機会費用に見合わない」と、かなり冷静に計算する世代が主流になりつつあります。この変化を、「最近の若者は根性がない」と片づけてしまってよいのでしょうか。それとも、前提条件が変わったにもかかわらず、組織側のルールとマネジメントがアップデートされていない結果なのでしょうか。

そこで今回は、ダイヤモンド・オンラインと日本経済新聞の記事を起点に、「忘年会って本当に意味あるの?」という問いを行動経済学の観点から掘り下げていきます。2024年11月30日の記事「飲み会文化のすれ違い:昭和世代がZ世代を理解するには?」では、主に価値観ギャップに焦点を当てましたが、今回は一歩進めて、「行ったら成長できるのか」という軸で、飲み会の意味そのものを再検証してみたいと思います。
 

すれ違う飲み会の意義(ChatGPTで作成)

 

「忘年会って意味あるの?」という違和感:データで見る飲み会離れ

本章では、ダイヤモンド・オンラインと日本経済新聞の記事で紹介されているデータやエピソードを整理し、「飲み会離れ」がどの程度進んでいるのか、そして若手は具体的に何に違和感を覚えているのかを確認します。感覚論だけで議論してしまうと、「昔話」と「若者批判」で終わってしまうからです。

1. 若手が感じている「時間・お金・気」の3重コスト

ダイヤモンド・オンラインの記事では、「職場の飲み会に行かない若手」の本音として、次のような声が紹介されていました。

  • 「時間がもったいない」
  • 「気を遣うだけで疲れる」
  • 「お金が厳しい」

つまり、若手にとって飲み会は「時間」と「お金」、そして「メンタル」の3つを“消費する場”として認識されているのです。

日本経済新聞の記事では、シンクタンク研究員がこの点を「時間・お金・気の3つを『使う』場」という表現で整理していました。2〜3時間拘束され、数千円を支払い、終始上司や先輩に気を遣い続ける——。Z世代の多くは、これを「コスパの悪い投資」と受け止めています。

2. データで見る「飲み会不要派」6割と企業側の温度差

日本経済新聞の記事によると、とある調査で「職場の飲み会は人間関係構築に効果的とは思わない」「あまりそうは思わない」と答えたZ世代は、合わせて6割近くに達したそうです。にもかかわらず、忘年会・新年会を実施する企業は約6割(記事では約57.8%)と、依然として過半数を超えています。

さらに、MERY Z世代研究所が2025年に実施した「お酒に関する調査」(PR TIMES掲載)の結果によると、「会社の人と仲良くなりたい」と思う一方で、その手段として飲み会を選ぶZ世代は多数派ではないことが示されています。
(出典:MERY Z世代研究所「お酒に関する調査」)

また、企業研修会社ALL DIFFERENT(オールディファレント)が公表した「入社1年目社員の意識調査(上司とのコミュニケーション)」では、新入社員が好む交流手段として
「勤務時間内の雑談」や「ランチでのコミュニケーション」が上位を占める一方で、「飲み会」は必ずしも高順位ではありませんでした。
(出典:ALL DIFFERENT 「入社1年目社員の意識調査 上司とのコミュニケーション」)

つまり、「人間関係づくりは大事」という点では世代を問わず合意があるものの、「その手段として飲み会を選ぶかどうか」で、企業と若手の間にズレが生じているのです。

3. 「3年で辞める前提」のキャリア観と投資判断

日本経済新聞の記事では、「この会社で働くのは3年と決めて入った」という20代女性のコメントも紹介されていました。終身雇用ではなく、「この会社は自分のキャリアの一ステップ」とみなす感覚が、ごく自然に語られています。

この前提に立つと、「会社の飲み会に時間とお金を投じるべきか?」という問いの意味が変わってきます。

  • 3年後には別の会社にいるかもしれない
  • 昇進して長く在籍することを前提にしていない
  • 友人や推し活、スキル習得など、他に投資したい対象が多い

こうした状況で、「社内飲み会」は投資先の候補の一つにすぎません。その投資判断の基準が、「この時間が、自分の成長やキャリアにとってどれだけ意味があるか」に切り替わりつつある——これが第1章で押さえておきたいポイントです。

 

昭和の飲み会はなぜ「断れなかった」のか:当時の合理性を振り返る

本章では、「昭和の飲み会」を単に笑いものにするのではなく、当時の雇用制度やキャリアの前提においては、そこに一定の合理性があったことを整理します。そのうえで、前提が変わった今も同じルールを適用してしまうことが、なぜ摩擦を生むのかを考えていきます。

1. 終身雇用・年功序列という「ルールのもと」での飲み会

昭和の飲み会が「断りづらかった」のは、単に根性論が支配していたからではありません。

  • 一度入社したら定年まで同じ会社で働くことが当たり前
  • 昇進・昇給の多くが社内の“空気”や上司との関係性に左右される
  • 異動や配置転換も会社によって決まる

こうした前提のもとでは、上司との雑談、仕事観や価値観を共有する機会は、そのまま自分の評価・出世に直結する「人的資本への投資」でした。

仕事の相談や愚痴、将来の打診が、正式な会議ではなく飲み会の席で交わされることも珍しくありません。行動経済学的に言えば、「飲み会に参加すること自体がキャリア上の期待値の高い投資」として機能していたわけです。

2. 「影の情報」が流れる場としての飲み会

また、当時の飲み会は、正式な稟議書や会議では決して語られない「影の情報」が流れる場でもありました。

  • 次に伸ばしたい事業の構想
  • 経営陣の本音や、表に出ない失敗談
  • あの部署の雰囲気や上司の人柄

こうした情報にアクセスできるか否かは、組織内での「情報の非対称性」を埋めるうえで重要でした。飲み会は、ある意味でインフォーマルな情報マーケットとして機能していたのです。

行動経済学でいう「社会的証明」や「同調バイアス」も、ここで強く働きます。「みんなが行っている」「ここに顔を出しておかないと損をする」という雰囲気が、半ば自動的に“参加”という選択を正当化していました。

3. 前提が変わったのに、ルールだけが残っている

問題は、こうした前提が大きく崩れたにもかかわらず、「飲み会には行くべき」「若手は顔を出せ」というルールだけが温存されている点です。

  • 終身雇用への信頼が低下し、「3年で辞める」人も珍しくない
  • 昇進や評価は、フォーマルな人事制度や目標管理で決まる比重が増えた
  • 情報も、社内チャットやオンライン会議で共有されるようになった

にもかかわらず、「飲み会に来ない若手はやる気がない」「かわいげがない」という評価軸だけが残ってしまうと、「若手の合理的な選好」と「昭和世代の成功体験」が正面衝突します。

ここから先は、若手の側の判断を行動経済学で分解してみましょう。

 

若手はなぜ「飲み会に意味を感じない」のか:行動経済学で分解する

本章では、Z世代の若手が飲み会を「意味がない」「コスパが悪い」と感じる心理を、行動経済学のいくつかの概念を手がかりに整理していきます。「最近の若者は…」という嘆きではなく、「そう受け止めざるを得ない構造」を見える化することが目的です。

1. 機会費用と現在バイアス:「今ここ」の時間がとにかく貴重

まず重要なのが、機会費用現在バイアスです。

若手にとって、平日の夜2〜3時間は、決して「余っている時間」ではありません。

  • 資格取得や語学学習に充てたい
  • 副業やポートフォリオ作りに時間を使いたい
  • 推し活や趣味でメンタルを整えたい

これらもすべて、「将来の自分への投資」として意識されています。

人は、将来の利益よりも、目の前の利益・負担を大きく評価してしまう傾向があります(現在バイアス)。「いつか役に立つかもしれない飲み会での関係づくり」よりも、「今日予定していた推しの配信」「今日やるはずだった勉強」の方が、はるかに具体的で価値があるように感じられるのです。

2. 損失回避と「具体的なマイナス」の可視化

行動経済学でよく知られる損失回避も、若手の判断を強く左右します。

  • 2〜3時間拘束される(時間の損失)
  • 5,000円前後の会費が飛んでいく(お金の損失)
  • 気を遣ってヘトヘトになる(メンタルの損失)

これらはすべて、参加前の時点でかなり具体的にイメージできます。一方で、「行ったら何か学びがあるかもしれない」「評価が上がるかもしれない」といったプラスの効果は、とても曖昧です。

人は「はっきりした損失」と「ぼんやりした利益」が並んだとき、前者を強く恐れて判断を歪めがちです。結果として、「行くと確実に減るもの」と、「行っても増えるかどうかわからないもの」を比べ、前者を過大に、後者を過小に見積もってしまうのです。

3. メンタル・アカウンティング:「仕事」と「プライベート」は別財布

若手の多くは、「仕事」と「プライベート」を別の“心の財布”で管理しています。これはメンタル・アカウンティング(心の会計)と呼ばれる現象です。

  • 日中の労働時間は、すでに会社に「売っている」
  • その対価としての給料が支払われている
  • だから、勤務時間外は基本的に「自分の時間」

この前提のもとでは、「勤務時間外に発生する飲み会」は、仕事ではなく「プライベートの時間とお金を会社に再投入する行為」として認識されます。同じ1万円でも、「仕事経費としての1万円」と「自腹の1万円」は、心理的な重みがまったく違うのです。

4. 初回飲み会でのベイズ更新:「一度ハズレだった場所」に戻らない

日本経済新聞の記事には、「初めての飲み会がつまらなかったので、2回目から行かなくなった」という若手の声もありました。

行動経済学的に言えば、これはベイズ更新代表性ヒューリスティックの組み合わせです。

  • 最初の飲み会が「説教・自慢話・愚痴」のオンパレードだった
  • その記憶が強烈なサンプルとして残る
  • 「職場の飲み会=このパターンだろう」と一般化してしまう

人は少数の経験から全体像を推測する傾向があります。一度「ハズレ」を引いたガチャを、再び回したくならないのと同じです。

逆に言えば、最初の数回の飲み会の設計を誤ると、その部署における飲み会の評判が長期的に悪化するとも言えます。ここは、後ほど第5章で改めて取り上げます。

 

「来い」ではなく「選べる誘い」へ:若手に届くコミュニケーション設計

本章では、ダイヤモンド・オンラインの記事で紹介されていた「デキる上司」の対応を手がかりに、若手の自律性を尊重しつつ、「行ってもいいかな」と思える飲み会の誘い方について考えていきます。

1. 「行かなくていいよ」と伝える上司は、なぜ信頼されるのか

ダイヤモンド・オンラインの記事で印象的だったのは、ある上司のこんな対応でした。

「飲み会は来なくていい。ただ、私は若い頃こういう飲み会で、こういう学びや人とのつながりを得てきたよ」

ここには、いくつかの重要なポイントがあります。

  • 「来い」と命令せず、「来なくていい」と**選択権を明示**している
  • そのうえで、自分の経験を「押しつけ」ではなく「情報」として提供している
  • 判断の主体があくまで若手本人であることを尊重している

これは、心理学でいう**心理的リアクタンス**(自由を奪われると反発したくなる心理)を避けるうえで非常に有効です。「絶対来い」と言われると断りたくなる人も、「行っても行かなくてもいいけれど、こんなメリットもあるよ」と言われれば、メリット側に耳を傾ける余地が生まれます。

2. 「成長」という軸で意味を提示する

日本経済新聞の記事では、「この人といれば成長できると思えば、参加する人は少なくない」という指摘もありました。若手は「飲み会そのもの」に意味を感じているわけではなく、「その場にいる人や会話が、自分の成長につながるかどうか」を見ています。

したがって、上司側のコミュニケーションも、「お前のためだ」ではなく、もっと具体的で率直な言葉に変えていく必要があります。

  • 「うちの部署の失敗談は、飲み会の場じゃないと話しにくいんだよね」
  • 「評価の裏側までは言えないけど、どういう人が伸びているかの話はできるよ」
  • 「他部署の○○さんを呼んでいるから、将来のキャリア相談をするにはいい機会だと思う」

こうした「成長につながる具体的なコンテンツ」を提示できるかどうかが、若手の参加意欲に直結します。「行ったところで、上司の昔話と愚痴だけ」という場に、わざわざ時間とお金を投じる人は多くありません。

 

飲み会を「唯一の正解」から「選べる成長オプション」へデザインし直す

本章では、これまでの議論を踏まえ、飲み会そのものをどう再設計すればよいのかを考えます。ポイントは、飲み会を「唯一の交流手段」から、「いくつかある選択肢の一つ」かつ「成長を感じられるオプション」として位置づけ直すことです。

1. 「行った方が得かも」と思わせるためのコスト設計

まずは、若手が感じる「時間・お金・メンタル」の3重コストを意識的に下げる必要があります。

  • 開始時間・終了時間を明確にし、ダラダラ延長しない
  • 会費を抑えたり、会社負担を増やしたりして、金銭的負担を軽くする
  • 席順や雰囲気を工夫し、説教とパワハラが起きづらい場をつくる

重要なのは、「行っても損はしないかも」ではなく、「行ったらちょっと得かもしれない」という期待を、損失感を上回るレベルまで高めることです。

損失回避が強く働く中で、「プラスの側にほんの少し傾ける」ための設計が求められます。

2. 初回飲み会の「ベイズ更新」をポジティブにする

第3章で述べたように、最初の数回の飲み会は、その後の印象を決定づけるベイズ更新の材料になります。

  • 初回は特に「説教・愚痴・マウント」を徹底的に排除する
  • 若手の話を聞く時間を意図的に多く取る
  • 上司の失敗談や、表には出ない学びを共有する

こうした工夫により、「飲み会=ハズレ」というラベルが貼られるのを防ぎ、「意外と悪くない」「たまには行ってもいい」という印象に更新してもらうことができます。

3. ノンアル・ランチ・オンライン:複数の「つながりの場」を用意する

また、アルコールに依存しない「つながりの場」を増やすことも重要です。

  • 就業時間内の1on1や少人数のランチ会
  • オンライン雑談会やテーマ別の勉強会
  • 趣味や関心ごとに基づく社内コミュニティ

MERY Z世代研究所やオールディファレントの調査が示すように、Z世代は「強制的な飲み会」ではなく、「自分で選べる緩やかなつながり」を好む傾向があります。飲み会はそのうちの一つにすぎず、「飲み会だけで何とかしよう」とする発想自体を手放す必要があるでしょう。

 

まとめ

最後に、本記事のポイントを整理しながら、企業や上司にとっての示唆をまとめておきます。

  1. データが示すように、Z世代の多くは「職場の飲み会は人間関係構築に効果的とは思わない」と感じており、「飲み会に行かない」という選択を当たり前のものとして受け入れています。その背景には、終身雇用への信頼低下や、「この会社はキャリアの一ステップにすぎない」という前提の変化があります。
  2. 昭和の時代、飲み会はキャリアや昇進に直結する「人的資本への投資」として一定の合理性を持っていました。しかし、その前提が崩れた現在において、「昔は飲み会で鍛えられた」といった成功体験だけを根拠に、同じルールを若手に押し付けることは難しくなっています。
  3. 行動経済学の観点から見ると、若手の「飲み会に意味がない」という判断には、機会費用への高い感度、現在バイアスと損失回避、メンタル・アカウンティング、そして初回体験に基づくベイズ更新など、十分に説明可能なメカニズムがあります。彼らは決して感情的に反抗しているわけではなく、「自分の限られた時間とお金をどこに投じるべきか」を、それなりに冷静に計算している世代でもあるのです。
  4. ダイヤモンド・オンラインの記事が示していたように、「行かなくていい」と自由を明言したうえで、自分の経験を「情報」として共有する上司は、心理的リアクタンスを避けつつ、若手に判断材料を提供しています。さらに、日本経済新聞の記事が指摘するように、「この人といれば成長できる」と若手が感じられるかどうかが、参加判断の重要な分かれ目になっています。
  5. 企業や上司に求められるのは、「飲み会文化を守ること」ではなく、「職場でのつながりの場」を再設計することです。具体的には、

    * 評価と飲み会を切り離し、「行かない自由」を明確に認めること
 * 説教・自慢話・ハラスメントのない場づくりを、上司側の責任として徹底すること
 * 時間・お金・メンタルのコストを意識的に下げ、「行ったら少し得」と思える
   コンテンツを用意すること
 * 就業時間内の1on1やランチ会、オンライン雑談など、アルコールに依存しない
   “つながりの場”をきちんと設計すること
   * 飲み会の役割を、「唯一の交流手段」から「選べる成長オプション」へと位置
  づけ直すこと

飲み会文化そのものの見直しと、職場コミュニケーションの再設計については、前回の記事「飲み会文化のすれ違い:昭和世代がZ世代を理解するには?」でも詳しく触れました。今回はそこに、日本経済新聞とダイヤモンド・オンラインの記事が提示した「成長」という軸を重ね、「そもそも飲み会に意味はあるのか?」という問いを、もう一段掘り下げてみました。

「飲み会不要論」は、組織崩壊の前兆ではなく、むしろ古い成功体験に依存したマネジメントを見直すためのサインかもしれません。昭和の飲み会を一方的に否定するのでもなく、Z世代の価値観だけを称揚するのでもなく、双方の背景にある行動経済学的なメカニズムを理解したうえで、対話と共創によって「新しいつながりのかたち」を模索していくこと。

そして、その入口に立つためには、私たち自身が次の問いを、自分に返してみる必要があります。

「この2〜3時間は、誰にとって、どんな意味のある時間になりうるだろうか?」

その問いに正面から向き合うプロセス自体が、忘年会そのものよりも、はるかに深い意味での“忘年”と“新しい年”のスタートになるのではないか——私はそんなふうに感じています。

 

今回はここまでとします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。