ビジネス×行動経済学

行動経済学や行動心理学など行動科学の理論やバイアスをビジネスに適用することを目的にしたブログです

【コラム63】 ガチャから始まるキャリアの光と影:運任せにしない人事戦略

皆さん、こんにちは。
本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

行動経済学の理論を中心に、行動心理学や認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

 

「ガチャ」という言葉は、本来ゲームの運試しを指しますが、近年では就職や人事において「配属ガチャ」「上司ガチャ」という形で使われることが増えています。これらは、社員が配属や上司の選定に対して「運次第であり、不確実」と感じる状況を指します。特に、新卒社員にとってはキャリアの出発点となる配属先や上司の質がその後の成長やモチベーションに直結するため、避けられない関心事です。

その「配属ガチャ」と「上司ガチャ」について日本経済新聞で関連記事をみつけました。

www.nikkei.com

 

www.nikkei.com

日本経済新聞の記事では、「配属ガチャ」とは希望する部署や勤務地への配属が叶わない可能性を指し、「上司ガチャ」は配属先の上司との相性や指導力に左右される状況を指すと説明されています。これらが頻繁に使われるようになったのには、「就職先を決める前に配属先を確定してほしい」と考える学生は8割以上に達し、キャリア形成への不安や、自分に合った職場環境への期待が高まっていることが背景にあります。

一方で、配属や上司への不満が「ガチャ」と表現される現状は、企業にとってもリスクです。不満を抱えた社員は早期離職のリスクが高まり、採用コストが無駄になる可能性があるだけでなく、職場全体の士気や生産性に悪影響を及ぼす可能性があります。本記事では、「配属ガチャ」や「上司ガチャ」の発生要因を行動経済学を中心とした視点から分析し、企業がこれらを回避するための具体策を提案します。


「配属ガチャ」、「上司ガチャ」とは?

本文に移る前に、改めて言葉の定義を見ておきたいのですが、「配属ガチャ」は、新入社員が希望する部署や勤務地に配属されないことを指します。先の日本経済新聞の記事によれば、企業の多くは配属を「入社後に決定」する傾向にある一方で、学生の多くは「就職先を決める前に配属先を知りたい」と考えています。配属が希望と一致しない場合、不満を抱える社員が多く、企業にとっても早期離職や士気低下のリスクが生じます。

一方、「上司ガチャ」は、配属先の上司の指導力や性格、相性に左右される状況を指します。噂や評判に基づき、「○○支店の支店長は外れ」といった情報が拡散されることもあり、新入社員の期待と現実のギャップを拡大させます。リクルートの調査では、新入社員が上司に期待するのは「意見や考えに耳を傾けること」や「丁寧な指導」であり、これが満たされない場合、不満が大きくなる傾向があります。

 

配属ガチャや上司ガチャはなぜ発生するのか?

「配属ガチャ」や「上司ガチャ」が発生する理由を、行動経済学を中心とした理論やバイアスでみていきましょう。

不確実性とコントロールの欠如

人間は、自分の環境をコントロールできない状況に強い不安を感じます。配属先や上司が選べない状況は、自己決定権を奪われたと感じ、不満を増幅します。また、脳科学では、こうした不確実性が扁桃体を活性化させ、不安感をさらに強めることが示されています。

期待と現実のギャップ

就職活動を通じて形成された理想のキャリアや環境と、実際の配属や上司が一致しない場合、報酬システム(ドーパミン経路)の活性化が抑制され、不満が生じます。この現象は、認知心理学でいう「期待違反効果」によって説明されます。

社会的比較とステレオタイプ

他の社員や同期の配属や上司との比較によって、自己評価が影響を受けます(社会的比較理論)。また、過去の評判や噂話が、実際の状況に対する固定観念を作り上げ、不満を助長します。

フレーミング効果

「ガチャ」という言葉自体が、配属や上司の選定プロセスを「運任せ」として認識させるフレームを生み出します。この効果は、行動経済学で言うフレーミング理論で説明されます。

配属ガチャと上司ガチャの明暗(DALL・Eで作成)

配属ガチャや上司ガチャを回避するためには?

大企業の場合
  • AIを活用した適性配属システムの導入
    新卒採用時に適性検査を実施し、データに基づいて配属先を決定する仕組みを構築します。例えば、某大手製造業では、AIを活用した適性評価で配属先決定プロセスを改善し、配属後3年以内の離職率を10%削減しました。
  • 配属希望の早期ヒアリング
    採用内定時点で希望をヒアリングし、選択肢を提示することが効果的です。希望と適性をすり合わせることで、社員の納得感を向上させます。
中小企業の場合
  • 配属前の職場体験プログラム
    短期間の職場体験を実施し、本人が希望する環境を実際に体感できる仕組みを設けます。これにより、ミスマッチのリスクを軽減できます。
  • 柔軟なジョブローテーション制度
    配属後も複数の部署を経験できる機会を提供し、最終的な適性を見極めます。特に人材リソースが限られる中小企業では、社員が多様なスキルを身につけることで、組織全体の柔軟性を高める効果があります。

 

まとめ

企業が「配属ガチャ」や「上司ガチャ」の問題に対応するには、透明性を高め、選択肢を提供し、社員の不安を軽減する仕組みを構築することが重要です。以下に、具体的な行動をまとめます。

  1. 配属先や上司の選定プロセスを公開し、社員に理解を促す。  
  2. 社員との対話を重視し、希望や不安を事前にヒアリングする。  
  3. 成功事例やポジティブなストーリーを共有し、前向きな認識を醸成する。  
  4. ジョブローテーションやキャリア支援プログラムを導入し、長期的視点でのキャリア形成を支援する。  
  5. 心理的安全性を高める環境を整備し、社員が不安なく働ける組織を作る。

一方で、配属先を社員や就活生自身に選ばせることには一定のリスクが伴います。配属希望を重視することは重要ですが、それが必ずしも本人の適性に合致するわけではありません。「希望」と「適性」は異なるものであり、個々の能力やスキルを考慮した上での判断が必要です。例えば、本人が希望していない部署であっても、実際には適性が高い仕事を与えられることで、新たなキャリアの可能性が開けることも少なくありません。このため、企業側が適性を見極めた上で柔軟な配属を行い、その理由を本人に丁寧に伝えることが大切です。

結局のところ、「配属ガチャ」や「上司ガチャ」と感じさせない組織づくりには、個々の社員に寄り添う姿勢と、データに基づいた合理的な人事判断が欠かせません。透明性を確保しつつも、社員の成長や適性を最大化する戦略を取ることで、社員のモチベーション向上と組織全体のパフォーマンス向上を実現できるでしょう。「ガチャ」のイメージを払拭し、安心と信頼に基づく人事制度を構築することこそ、これからの企業が持つべき競争力の鍵となるのです。

 

次回も、ビジネスに役立つ行動経済学の理論を紹介します。お楽しみに!