ビジネス×行動経済学

行動経済学をビジネスに適用することを目的にしたブログです

PDCA×行動経済学

皆さん、こんにちは。

本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

行動経済学の理論を中心に、認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

 

はじめに

前回までは営業を各プロセスに分解し、それぞれに影響しうる行動経済学のプロセスや理論を紹介しましたが、今回はPDCA行動経済学(行動科学)の関係性を考察していきます。

 

PDCAは広く知られているツールではありますが、改めてその意味を見てみましょう。

PDCAサイクルという名称は、サイクルを構成する次の4段階の頭文字をつなげたものである。

Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する。

Do(実行):計画に沿って業務を行う。

Check(評価):業務の実施・成果が計画・目標に沿っているかどうかを評価する。

Act(改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて改善をする。

この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように1周ごとに各段階のレベルを向上(スパイラルアップ、spiral up)させて、継続的に業務を改善する。

出展: Wikipedia

ja.wikipedia.org

上記で説明されている通り、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善、※またはAction)の4段階に分けられ、一連の段階が終了したら、また始まりのPlan(計画)に戻り、継続的に改善を図っていくものでもあります。

 

PDCAは循環しながら改善し続ける、いわば上昇し続けるという意味から「螺旋階段」になぞらえることもしばしばあります。

PDCA螺旋イメージ

PDCAと対比する形で、Observe(観察)、Orient(状況判断)、Decide(意思決定)、Act(行動)に分解される「OODA」などもあり、PDCAはもう古い、これからはOODAだなどという論調をみかけますが、ざっくり言えばPDCAは中長期的、OODAは短期的に利用するなど使い分けるというのが良さそうです。

PDCAやOODAの詳細については、下記などが参考になると思います。

www.mdsol.co.jp

OODAについてもいずれ取り上げたいとは思いますが、今回は昔からの馴染みでもあるPDCA行動経済学の関係についてみていきたいと思います。

 

PDCA行動経済学の関係

PDCA行動経済学の関係を図にしてみました。

PDCA×行動経済学

こちらに基づいて、まずはPDCA実施前、すなわち最初の「Plan(計画)」が始まる前の段階から見ていきたいと思います。

 

PDCA実施前

自身の業務を効率的に進めるために、それぞれ様々な工夫をされていると思いますが、PDCAを実施することを思い立った際にも行動経済学の様々なバイアスが関係してきます。

まずは行動に移せない(移さない)ことに影響するバイアスとしては、「現状維持バイアス」、「不作為バイアス」、「現在バイアス」などがあります。

現状維持バイアス」は、ざっくりいってしまうと「今のままでいいや」と思ってしまい、変化を避けてしまうバイアスで、PDCAなど何かを始めよう、という思いを阻害します。

また、「不作為バイアス」とは変化を加えて後悔するくらいなら、現状のままで後悔した方が良いと「何もしない」を選択してしまうバイアスです。

そして、「現在バイアス」はPDCAなど改善活動を行うと良い結果を得られるという思いがあっても、直近の楽をしたい、快楽を享受したいなどを優先してしまうバイアスで、ダイエットをしたいがついつい目の前のご馳走を食べてしまうということが良く例として挙げられます。

 

こういった阻害バイアスを乗り越えて実施まで持っていく必要があるのですが、それを回避するためには、まずこういったバイアスが存在していることを認識し、自分が今まさにそのバイアスにかかってしまっているということに気づくことが大事ですが、そのほかに自身に対して、「損失回避」をうまく利用することも1つの手です。

今回はPDCAに関する説明なので、PDCAを実施しないと損をすること(時間や効率、生産性など)を思い浮かべ、PDCAを実施しないと損をしてしまうということを意識するのも非常に重要かと思います。

また、先にマイナス要因として例に挙げた「現状維持バイアス」も、PDCAを開始してしまえば、今度は継続のためにプラスの効果が期待できることも書き添えておきます。

 

さて、これらのバイアスをうまく乗り越え、実際にPDCAを開始することができたと仮定して、段階ごとに行動経済学とのかかわりを見ていきたいと思います。

 

Plan(計画)

計画段階において影響を及ぼすのは、まず「一貫性のバイアス」で、これはマイナスの影響として説明されることも多いのですが、もちろんプラスの面もあります。

人は、一度決めたことに対し、整合性を保っていこうという傾向があるため、この「Plan(計画)」段階において決める内容は非常に重要です。今回は、以降の段階で継続させることに対するプラス要素として書いていますが、ここで曖昧な計画(目標)などを立ててしまうと、「一貫性のバイアス」が作動せず、継続が難しくなってしまうでしょう。

次は「フレーミング効果」です。こちらは他に対して利用するイメージが強いかもしれませんが、自身に対しても効果を発揮すると思っています。計画を立てるということは、後でその内容を見返すことになりますが、その際に気持ちを上げられるような表記方法にしておくのが良いです。

行動経済学が最強の学問である」などでも紹介されていますが、この「気持ちを上げられる」という部分は「アフェクト」と呼ばれる淡い感情を指しており、喜怒哀楽などの「エモーション」とは異なります。

逆に「Plan(計画)」の段階でマイナスに作用するバイアスとしては、「自信過剰バイアス」や「計画錯誤」などがあります。

「自信過剰バイアス」とは、その名の通り自身に対し過剰な自信をもってしまい、無茶な計画を立ててしまう要因となります。

また、「計画錯誤」とは、計画を立てる際に、その遂行に要する時間や労力などを少なく見積もってしまう傾向のことで、「自信過剰バイアス」とともに、「Do(実行)」以降の段階の推進が難しくなる「計画倒れ」を招いてしまいます。

 

少し話しはそれますが、戦略の大家でもあるリチャード・P・ルメルト氏は、「戦略の要諦」や「良い戦略、悪い戦略」などの中で、「実行可能であること」を繰り返し強調していますが、PDCAにおける「Plan(計画)」でも同じことが言えると思います。

 

Do(実行)

「Plan(計画)」段階を無事終えると、次は「Do(実行)」段階に入りますが、ここでも様々な行動経済学のバイアスや理論が関係してきます。

プラスの要因となりうる代表例としては「拡張形成理論」と「ナッジ」があるかと思います。

「拡張形成理論」とはポジティブな感情がやる気を引き出し、利用可能な資源や能力を形成していくというものですが、この理論を持ち出すまでもなくポジティブな感情を持っている状態であれば、資源や能力を最大化可能なので、結果「Do(実行)」も最大の成果をだせることになります。

また、「ナッジ」に関しては、以前の記事で得意不得意があるという風に書きましたが、そのとおり、ちょっとした「Do(実行)」のきっかけを作るには非常に有効です。

実行や継続には意志の力より(周辺)環境の影響が大きいというのはよく聞くことですが、「Do(実行)」を実施しやすくなる環境を作っておく、具体的にはモチベーション、プラスのアフェクトが働く環境を周辺に整えておくことが重要です。

一方、マイナスな影響を与えるバイアスとしては、ナッジと対極にある「スラッジ」があります。

より良い行動、ここでは「Do(実行)」の実施ですが、それらを実施するのが非常に手間であったり、不要な誘惑があったりすると実施が難しくなったり、実施できないような状況になってしまうので要注意です。

また、もう1つのマイナス要因としては「エゴデプレーション」もあります。

「エゴデプレーション」とは、意志力や自己統制が限定的なリソースであるという理論ですが、「Do(実行)」を連続的に行っていると、意志力や自己統制力が落ちてしまい、その段階で中断するだけでなら良いですが、その時の感情がトラウマになってしまい、再開するのが億劫になってしまい、結果、PDCAのサイクルが止まってしまうことにもなりかねません。

そういう意味では、適度な息抜きも必要なのでしょう。

 

Check(評価)

さて、PDCAに限った話ではないですが、計画し実行したならば、それを評価(結果の確認)する必要があります。

この「Check(評価)」の段階においても、関連してくる行動経済学の理論やバイアスを考察していきたいと思いますが、評価は可能な限りセルフチェックではなく、第三者に行ってもらった方が良いです。というのも自身で評価、確認を行うと「自己奉仕バイアス」や「後知恵バイアス」などの影響を受けてしまうからです。

「自己奉仕バイアス」とは、失敗は他(人)のせい、成功は自分のおかげと考えてしまう傾向で、これだと失敗した際も成功した際も、原因究明が難しいですし、以降のノウハウにもなりません。

また、「後知恵バイアス」とは、言い訳の一種とも言えますが「そうなると思っていた」「そのような結果になると予想していた」という思考です。

これらのことからも、やはり評価は第三者を巻き込んだ方が良いのですが、それは「単純存在効果」や「ピグマリオン効果」などでも説明可能です。

「単純存在効果」とは、他人の存在を無意識化でも感じると行動に変化をきたすようになるというバイアスです。

行動経済学が最強の学問である」でも、5ドルを渡して電池を買ってきてもらうという実験の際に、以下の結果が得られたことが紹介されています。

他の客が0人→ 33%が一番高い電池

他の客が1人→ 42%が一番高い電池

他の客が3人→ 63%が一番高い電池

他の人の目を意識すると「ええかっこしい」になるという特性を活かし、きちっとした評価ができるようになるでしょう。

また、他の人に評価をしてもらう場合、適切なアドバイスを受けるのも良いですが、「頑張っているね」や「今後もさらに期待できそうだね」などの言葉をもらうと、「ピグマリオン効果」が発動し、その期待に沿った結果を今後も出し続けていけるようにもなります。

 

Act(改善、※またはAction)

最後のAct(改善、※またはAction)の段階においても行動経済学のバイアス、理論が関連してきますが、プラス側の代表的なものとしては、「サンクコスト効果」や「メタ認知」などがあります。

「サンクコスト効果」は沈んだ費用という意味で、通常は支払いなどが済んでしまったコストを取り戻そうと更にコストをかけて泥沼にはまってしまう、いわばネガティブな意味に使われますが、それを「今までかけてきた時間、工数」に置き換え「もったいない」という気持ちに持っていければ、一巡回したからいいかという気持ちを回避し、次ラウンドの「Plan(計画)」に昇華しやすくなります。

また、改善点を第三者と議論できると良いですが、適切な人がいない場合は「メタ認知」を利用すると良いでしょう。「メタ認知」によって、自分自身を俯瞰し客観的に分析することで、冷静かつ柔軟な改善策が生まれてくるはずです。

逆にマイナスな要因になりうるのは、「正常性バイアス」と「コントロール幻想」です。

正常性バイアス」とは、先入観や偏見が働いてしまい、改善すべき事態を「正常の範囲」と認識してしまうことで、その結果同じことを繰り返してしまい、改善が改善にならない状況になってしまいます。

また、「コントロール幻想」によって、自身の管理(コントロール)能力に過剰な自信を持ってしまい、問題を問題として捉えられない状況に陥ってしまいます。

問題は解決することよりも発見することが難しいとも言われますが、それはこの辺のバイアスが密接に関連しているのかもしれません。

 

さて、今回は少し長くなってしまいましたが、営業プロセスのように複数回に分けることなく一挙に紹介してしまいました。

もちろん、ここに書いたことが全てでは無いですし、「こちらのバイアスも関係ありそう」、「このバイアスは此方の段階では?」などのご意見も出てくるでしょう。

以前も申し上げた通り、これをたたき台により良い形にしていければとおもっていますので、ぜひコメントなど通じてご意見いただければ。

 

では、また次の月曜日に!

【コラム①】 『行動経済学の光と影 先駆者カーネマン教授を裏切った後進たちの罪』を読んで

皆さん、こんにちは。

本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

 

行動経済学の理論を中心に、認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

 

はじめに

さて、今回は通常の「ビジネス×行動経済学」という枠組みとは少し離れますが、行動経済学におけるトピックについて言及したいと思います。

通常の「ビジネス×行動経済学」は毎週月曜日午前10時に更新予定ですが、今回取り上げるトピックや時事ネタ、考察などは「コラム」という形で不定期に更新していきます。

 

今回は2024年4月18日に公開された以下の記事について、思うところを書いていきたいと思います。

business.nikkei.com

冒頭で紹介されているものとは少し異なりますが、同記事で取り上げられているのは、主に以下3つです。

 

  1. 行動経済学の父とされるカーネマン教授が3月に死去
  2. 行動経済学は「中身も外見もゾンビ」
  3. 著名な行動経済学者の研究不正が相次いで発覚

 

1. 行動経済学の父とされるカーネマン教授が3月に死去

記事にもあるとおり、ダニエル・カーネマン氏は故エイモス・トベルスキー氏との共同研究をきっかけに、1979年には行動経済学において最も有名な理論の1つ「プロスペクト理論」を発表しました。

それらの功績が評価され、2002年にはノーベル経済学賞を受賞しており、いわば「行動経済学の父」ともいえる存在でした。

その15年後の2017年にノーベル経済学賞を受賞する「ナッジ」提唱者リチャード・セイラー氏とも共同研究を行うなど、様々な交流、活動、行動経済学の発展への貢献をしてきました。

 

ダニエル・カーネマン氏について、書き出したらキリがなくなるので、本件はこの辺でと思いますが、改めて哀悼の意を表します。

 

2. 行動経済学は中身も外見もゾンビ

こちらは、2021年のジェイソン・フリハ氏のブログを引用する形で、行動経済学の理論に関する「再現性への疑問」が言及されています。

 

同記事では、フリハ氏にインタビューをして以下コメントも得たようです。

フリハ氏はナッジや損失回避の再現性に疑問を持ったうえで、行動経済学には、行動変容を起こすツールとして世間から実力以上の過剰な期待がある」と語っている。

※ このコメントについて、フリハ氏のブログ全文を読んだわけではないことをご承知おきの上、後続の文章をお読みいただければと思います。

 

まず、ナッジの再現性に疑問というところですが、ナッジは別の記事でも記載しましたが、効力を発揮しやすいものと発揮しづらい(発揮しない)ものがあると思っています。

具体的には、カーネマン氏の「ファスト&スロー」で書かれている速い脳(いわゆる「システム1」)と遅い脳(いわゆる「システム2」)があり、「ナッジ」は速い脳には有効だが、お遅い脳には有効ではないと思っています。

ナッジの代表的な事例でもある、スキポール空港での便器内に小さなハエのイラストを貼るやコロナ禍時にスーパーのレジ近くでソーシャルディスタンスを自然に保たせるような矢印などは、速い脳で判断するものなので効力がありますが、そもそもナッジは「軽く肘でつつく」という意味なので、熟考を要する遅い脳で判断することには向かないのは当然かと思います。

 

また、損失回避に関しても、よく例として挙げられるのは下記のようなものです。

 

      a. 80%の確率で4,000円をもらえるが、20%の確率で何ももらえない

      b. 100%の確率で3,000円もらえる

 

      c. 80%の確率で4,000円を支払わなければならないが、20%の確率で支払わなくて良い

      d. 100%の確率で3,000円を支払う

 

まず、aかbかで選択をさせるとaを選択する人が多い。そのロジックで行けばcとdではcを選ぶ人が多いはずだが、dの方が多く選択された。

これは、利益は確定で、損失は確定させず少しの可能性にかけるという選択をするという傾向を示していますが、これは私もそうですが、大半の方も同様ではないかと思います。

 

ナッジも同様ですが、損失回避に関しても全体として論じるのではなく、「再現しないものもあった」という表現なら分かるのですが、同記事の表現方法には疑問を感じます。

 

3. 著名な行動経済学者の研究不正が相次いで発覚

こちらは「予想どおりに不合理」などの書籍で有名なダン・アリエリー氏が事例として挙げられています。アリエリー氏の関与度合いは分かりませんが、データ改ざんなど捏造があったのは事実のようです。

 

しかし、その事例をもって「行動経済学への信頼揺らぐ」というのはいかがなものかと思います。

 

捏造というと、すぐに考古学が思い浮かぶのですが、代表的なものとして以下などがありました。

ja.wikipedia.org

「神の手」などとも評され、それが逆にプレッシャーになってしまい捏造という最悪の結果に至ってしまったのかなと推測はしますし、大問題であったとは思います。

 

しかし、この時「考古学への信頼」は揺らいだでしょうか?

 

捏造自体はもちろん悪いことですし、糾弾されるべきことです。ただ、その一例(もしくはいくつかの例)だけで、その学問自体の信頼性が揺らぐというのは乱暴かな、と思わざるを得ません。

 

「2.行動経済学は中身も外見もゾンビ」にしても、「3.著名な行動経済学者の研究不正が相次いで発覚」にしても、少し論理の飛躍が過ぎていて、行動経済学へのネガティブキャンペーンかな、などとも思いました。

 

私自身は行動経済学にポジティブであり、もっとビジネスを中心に積極活用していくべきという思いから本ブログを書いているので、同記事とは対極にいて、それだからこその今回の意見となるのかもしれないので、アンチテーゼとしての一意見としてとらえていただければ幸いです。

 

最後に、話しは少しそれますが、今回の件で様々調べる過程で、面白そうな書籍を見つけました。

bookmeter.com

「ファスト&スロー」にも言及されているようですが、その他学問におけるスポンサー企業への忖度が絡んだレポート(捏造)の事例や「再現性の危機」という章があるなど興味がひかれます。

 

では、また次回!

営業×行動経済学③

皆さん、こんにちは。

本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

 

行動経済学の理論を中心に、認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

 

はじめに

さて、前回前々回と営業プロセスを5つに分け、各プロセスに深くかかわる行動経済学の理論、バイアスを紹介してきました。

 

今回は営業プロセスの最終段階である、「クロージング(契約)」と「アフターフォロー(リピーター)」について紹介したいと思います。

 

行動経済学×営業プロセス

 

クロージング(契約)

まずは「クロージング(契約)」についてです。

 

クロージング(契約)に持ち込むためには、もちろんプッシュも大事ですが、プッシュばかりして相手を圧迫し過ぎてしまうと「心理的リアクタンス」により、望まない結果に向かってしまうこともあるので、時には寝かせること、ただ待つこと、即ち「スリーパー効果」を狙うのも重要です。

 

「果報は寝て待て」ということわざもありますしね。

 

また、時には「カリギュラ効果」をうまく活用し、「○○という効果が期待できるのですが、貴社の現状では難しいかもしれませんね」など欲求を逆流させることも効果的です。

 

これは「心理的リアクタンス」とも似ていますが、人は禁止されたり、制限されたりすると却って真逆の方向に気持ちが向いていくという特性を活かすものです。

 

正攻法で行く場合は、プッシュ、一押しという意味で「ナッジ」が一番有名ではありますが、ナッジは「BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ」などにも同様なことが記載されているのですが、ダニエル・カーネマンファスト&スロー」でいうところのシステム1で判断できるケースには効果が出やすいのですが、システム2を利用するケースでは効果が出づらいので、過度に期待するのは危険です。

 

瞬時に判断できることであれば有効だが、熟考を要するものには「ナッジ」はあまり向いていません。

 

また、相手を契約、決断に導くプッシュには値下げ、条件変更などもあるかと思いますが、これは、「譲歩」をすることによる「返報性」が期待でき、相手に「ここまでしてくれているのなら」と気持ちを契約成立に向かわせる効果があります。

 

これは、落としどころの価格を提示するのではなく、高めに提示しておいて、落としどころまで「譲歩」したように見せるテクニックで、交渉の場でも頻繁に見受けられますよね。

 

契約成立に障害となるバイアスには、「現状維持バイアス」や「不作為バイアス」、「サンクコストバイアス」などがあり、どれも「現状を変える」ことへの拒否反応に位置付けられます。

 

今のままで変更しなくても良いという「現状維持バイアス」、現状を変えることによって悪い結果がもたらされるのではないか?と恐れる「不作為バイアス」、現状のものにだいぶお金や時間を使ってきたからな、という「サンクコストバイアス」。

 

何かを新規で購入してもらう時もそうですが、現状利用しているものがあり、その代替えとして購入してもらう時などにも上記3つは発生します。

 

アフターフォロー(リピーター)

最後はアフターフォロー(リピーター)です。

 

クロージング(契約)がうまくいき、契約が成立してもそこで終わりという訳ではありません。新規顧客の場合特にそうですが、そこからが第2のスタートになります。

 

なぜなら、契約締結した顧客との関係はこれからも続きますし、その顧客が新たな顧客を生んでくれる可能性もあるからです。

 

顧客が顧客を生んでくれる代表例が「(正の)ウインザー効果」になります。

 

「ウインザー効果」、即ち第三者(この場合は契約締結した顧客)からの新たなる顧客(候補)への推薦や紹介は、直接営業マンがセールストークや提案をする場合と比較して、数倍、数十倍の効果をもたらしてくれます。

 

ただ、気をつけなければならないのは「ウインザー効果」は必ずしも「正」の方向にだけ働くわけではないということです。

 

「釣った魚にえさはやらない」ではないですが、契約締結、注文をもらったからもういいや、という形でアフターフォローを怠れば、「負のウインザー効果」が発生してしまいます。

 

良い噂より悪い噂の伝搬力が高いのは世の常ですので、以降の営業活動にも大きな障害になってしまいます。

 

そして、契約締結したものが、長く使い続けるものであれば、「クロージング(契約)」の際には、マイナスの方面に作用した、「現状維持バイアス」や「不作為バイアス」、「サンクコストバイアス」が今度は自身にとってプラスに働きます。

 

ただ、もちろんこれらのマイナスが働いていても、契約先を変更したいという気持ちにさせるほど、アフターフォローができていない場合は、さっさと乗り換えられてしまうので、油断は禁物です。

 

また、一方でクロージングが不成立に終わった時にも重要なバイアスがあります。

 

「セルフサービングバイアス(コントロール欲求)」ですが、これは平たく言えば、「成功は自分のおかげ、失敗は他(人)のせい」としてしまうバイアスです。

 

失敗した際は、同僚や上司に対してはともかく、自分自身の中ではきちんとその失敗の原因や相関関係を分析すべきです。

 

そして、相関関係の分析においては、相関関係を過大に評価しすぎたり、錯誤相関(相関関係の取違い)を発生させがちなので注意が必要で、そういう意味では、やはり出した結論は誰か第三者に見てもらうのが良いのかもしれません。

 

また、分析の際には「オーバーコンフィデンスバイアス」にかかっていなかったか、という分析も必要です。

 

これは、自信過剰から発生するバイアスですが、自身の提案に過剰な自信を持ってしまい、「顧客は○○という課題をもっている(はずだ)から、××で解決できる(はず)。これが受け入れられないなんてありえない」という思考に陥ってしまうものです。

 

繰り返しになりますが、やはり「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」で、原因分析は成功時も失敗時も信頼のおける仲間と行うのが良さそうです。

 

さて、3回に渡り「営業×行動経済学」というテーマで、営業における各プロセスでの行動経済学とのかかわりや注意点を紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?

 

1回目の記事でも書いた通り私自身もまだまだ修行のみであるため、違和感を覚える内容などもあったかと思います。

 

そこはぜひコメントでご指摘いただき、よりブラッシュアップし、今後の営業活動に行動経済学がフル活用していけるようにしていきたいと思っています。

 

では、今週はこの辺で。

 

次回のテーマはPDCA×行動経済学を予定しています。

お楽しみに!

営業×行動経済学②

皆さん、こんにちは。
本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

 

本日のお題は「営業×行動経済学」の続きです。

 

はじめに


行動経済学の理論を中心に、認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

さて、前回は「営業×行動経済学」ということで、営業プロセスを5つに分け、そのうちの「アプローチ(アポ取り)」と「初回提案(ヒアリング)」について説明しました。

behavioral-economics.hatenablog.com

 

そして本来、今回は後半戦として、残りの3つのプロセスを説明しようと思っていたのですが、「商談-2回目(提案)」に関連する、理論・バイアスが多めなので、結果それぞれの説明も長くなってしまうので、今回は「商談-2回目(提案)」のみに絞った説明にして、「クロージング(契約)」と「アフターフォロー(リピーター)」については次回に説明を回したいと思います。

行動経済学×営業プロセス

商談-2回目(提案)


では「商談-2回目(提案)」について見ていきましょう。

 

提案は、相手がキーパーソンであればあるほど、数多くの提案を受けているでしょうから、印象に残るようにするというのを主眼にする必要があります。

提案は資料を作成しプレゼンをすることで行われることが一般的かと思いますが、印象に残るにようにするには、やはり強弱・メリハリが重要で、そこに役立つのが「ピークエンドの法則です」。

一般的に人は、何かを見る、聞く際にはすべてを覚えているということはなく、最も盛り上がったピークの時と、最後の最後、エンドの時を印象深く覚えているものです。

そのため、プレゼンも初めから終わりまで淡々と進めるのではなく、ピークとエンドを意識し、そこで一番訴えたいことを持ってくるようにする必要があります。

 

また、表現方法も大事で、同じ事柄でも言い方次第で印象が変わる「フレーミング効果」なども重要です。

フレーミング効果では一般的に以下のような事例が紹介されます。

 

この手術が成功する確率は80%です。
この手術が失敗する確率は20%です。

 

どちらも同じ事実を説明していますが、言い方を変えるだけで、印象はだいぶ変わりますが、これは、プレゼンでも同様です。

基本的にはポジティブなフレーミング効果を狙った方が良いのですが、「○○をしないと××(という悪い状況)になってしまいますよ」というようなネガティブなフレーミング効果で印象付けを行う方が効果的な場合もあります。

また、ネガティブなフレーミングは誠実さを表す場合もあります。

このプロジェクトが成功する確率は99%です。
このプロジェクトが失敗する確率は1%です。

良いことばかりを強調して言うと、かえって嘘くさく聞こえてしまう場合もあり、正直にネガティブなフレーミングで表現することが功を奏する場合もあります。

 

プレゼンにおいては「アンカリング効果」も重要です。

「参照点」とも言われますが、最初に与えられた情報が「アンカー(参照点)」となり、その後に提示された情報への認識が異なってくるものですが、これは「コントラスト効果」にも通ずる考え方です。

人は基本的には対象を単独での絶対的な評価というものはできず、必ず何かと比較して相対的に評価をするものです。

そのため、スタートともいえる「アンカー」をしっかり位置付けることで、その後の説明が効果的になるよう配慮する必要があります。

 

コントラスト効果に触れたので、比較という点でマイナス面の説明もしておく必要がありそうです。

人は通常、何かと比較して評価し選択をするわけですが、その選択肢が多すぎると「選択のパラドックス(※選択回避の法則とも)」に陥ってしまいます。

*1

選択しやすいようにと選択肢を増やすとかえって、選択不能に陥ってしまい、どれも選択されないという悪い結果をもたらすことになってしまいます。

一般的に選択肢は「7±2」が良いとされますが、一般的なBtoBにおける提案では3~5くらいが良さそうというのが実感です。

悪い結果をもたらす例

悪い結果をもたらす例をあげたついでに、もう1点気をつけなければならないのは、プレゼンの配色です。

人は意味と色が異なる場合、それぞれの印象が干渉しあってしまい、理解をするのに時間がかかってしまいます。

ストループ効果の一般的な説明では、「赤」という文字を赤色ではなく青色で書いた時などに発生することなどが挙げられますが、これと似た形でマイナスなイメージに青色を使い、プラスなイメージに赤色を使うなどでもストループ効果が発生してしまうでしょう。

また、悪い結果をもたらす例としては「フォールスコンセンサス効果」などもあります。

これは自分の意見や考え方が主流で、正しく、それを理解してもらえないことが理解できないという状態ですが、プレゼンの時よりもむしろプレゼンが終わった後のお客様の反応が悪かった時に、発生してしまいがちです。

このフォールスコンセンサス効果が発生してしまうと、商談の失敗を相手(お客様)の性にしてしまい、自身の説明で足りなかった点や悪かった点に気づくことができなくなり、以後の改善にもつながらなくなってしまうので要注意です。

 

さて、説明しきれていない理論・バイアスなどもありますが、それは今後追々説明していくとして、今回はここまでにします。

 

では、また次回!

*1:有名な事例としては「ジャムの実験」がありますね

営業×行動経済学 ①

 

はじめに

 

行動経済学の理論などを見るにつけ、常々ビジネスに役立ちそうだという感覚はあったのですが、なかなかその個々の理論と実際のビジネスを結びつけることに難儀していました。

 

同じ思いを持っている人が多いからか、最近は、「行動経済学が最強の学問である」や「BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ」など行動経済学をビジネスと結び付けようとしている良書は出てきてはいます。

 

行動経済学の理論がビジネスに役立ちそうだという直感はありつつも、適用が難しいのは体系だっていないから、という指摘も多く見かけます。

 

そのことを踏まえ、上述の良書やその他有用な情報を参照しながら、実際のビジネスで利用されるフレームワークやプロセス、ツールなどに行動経済学の各理論を当てはめながら、体系立たせていくことで、実際のビジネスに活用できるようにしていこうというのが本ブログの主目的です。

 

主なテーマとしては、営業、マーケティング、マネジメント(組織、プロジェクト)などになりますが、私自身も行動経済学を学習中の身であるため、そこは違うのでは?という異論も出てくるもと思います。

 

その際は、ぜひコメント欄で指摘いただき、そこで新たに得た知見を再度記事化し、より良いものにしていきたいと思っていますし、行動経済学を実際のビジネスに結び付けていきたい、という同じ志を持っている人たちとオンオフ混在のコミュニティなども形成していきたいとも思っています。

 

ここで取り上げる内容は、ブログタイトルで行動経済学と銘打ってはいますが、実際には認知心理学社会心理学を中心とした心理学の要素なども入っており、厳密に出異議すれば行動科学と銘打った方が良い気もしますが、自身の馴染みもあるので行動経済学という言葉を使っています。

 

さて、序文がだいぶ長くなってしまいましたが、本題に入っていきたいと思います。

 

営業×行動経済学

記念すべき第1回目のテーマは、「営業×行動経済学」ということで、営業プロセスという観点から行動経済学の各理論との結びつきを考察していきたいと思います。

 

新規と既存が混在する形でのアプローチになっていますが、一般的に営業プロセスは以下の通りに分解できるかと思います。

 

営業プロセス

長くなりそうなので2回に分けたいと思いますが、まず今回は赤枠部分の「アプローチ(アポ取り)」から「商談-初回(ヒアリング)」まで説明したいと思います。

 

アプローチ(アポ取り)

まず、「アプローチ(アポ取り)」は新規の場合、電話やメールなどで行い、既存の場合は先方オフィス内で声をかけるなどもあるかもしれませんが、いずれにしても好印象を与え、話しを聞いてもらうために興味を持ってもらう必要があります。

 

好印象を与えることに関しては、初頭効果もありますが、まずはポジティブなハロー効果でしょう。電話であれば、話し方やあいさつ、声の明るさなどでアプローチをしないと、その次のステップに行く前に、いきなり電話を切られてしまうこともあるでしょう。そういう意味で「悪影響」に分類されるネガティブなハロー効果を与えてしまうことは避けるべきです。

 

メールにおいても、ビジネスマナーに則っていることはさることながら、次のステップである商談に進めるよう簡潔かつ興味を持ってもらえる内容でなければなりません。

 

新規の場合は、そのお客様のことはホームページなど公開されている限られた情報しかないので、対象のお客様が属する業界、従業員数・売上規模の企業が抱えていそうな課題をバーナム効果で投げかけ、自分に関係がありそうと捉えてもらい、話しを聞いてみても良いと思ってもらう必要があります。

 

また、既存顧客の場合は提案を聞いてもらうために、ザイオンス効果を使い、頻繁に顔出しし好印象を持ってもらい、「あなたが勧めるのなら話は聞いてみるよ」という気にさせる必要があります。

ただ、ザイオンス効果は一般的に先のように接触頻度の高い対象に好意を抱く、ということで他の文献などでも推奨されていることが多いのですが、私個人的には諸刃の剣であると思っています。

 

というのも、用もないのに頻繁に顔を出されると「鬱陶しい」と逆にネガティブな感情を持たれてしまう可能性もあるからです。

 

したがって私としては、ザイオンス効果で説明される接触頻度に関しては、プラスに働く場合もあるが、マイナスに働いてしまう可能性もあるので、利用は顧客ごとに見極める必要があると思っています。

 

初回提案(ヒアリング)

さて、続いては「初回提案(ヒアリング)」の段階です。

 

最近はリモートワークが一般的になった影響で、対面ではなくZoomやTeamsなどでのWeb会議も多くなってきてはいますが、初回の場合はやはり対面での打ち合わせということが多いかと思います。

 

初回であれば、Web会議でもカメラをオンにするでしょうし、その場合でもハロー効果は重要になってくるでしょう。

 

打ち合わせの内容重視ではありますが、第一印象で不快なイメージを与えてしまうと、説明やヒアリング内容がどんなに秀逸でも、相手は既にマイナスイメージを持ってしまっているため、響かなくなってしまいます。

 

そのためにもポジティブなハロー効果を与えることが重要ですし、最近特にWeb会議だと油断があるのか身なりが整えられていない人が多くなっている印象もあり、それはネガティブなハロー効果を与えてしまいます。

 

また、初回ですと空いても警戒感をもって打ち合わせに望んでいることも多いので、ここは返報性の原理、特に自己開示の返報性を利用するのが良いと思います。

 

初回の打ち合わせでいきなり、「御社の課題はなんですか?」と聞いたところで、信頼関係の構築がなされていないので、素直に答えてくれる確率はほぼゼロです。

 

まずは自身の自己開示を行うことによって、相手の警戒心を少しでも緩ませ、自己開示に対する返報性を引き出すのが良いでしょう。

 

そこでうまく、相手が自身(自社)について語ってくれるようになったら、不満を吐き出させるカタルシス効果に持ち込めると良いです。

 

不満=課題と言えるので、そこで相手(会社)の不満を吐き出させ、それを課題としてとらえ、自社で何が解決できるのかを導き、次の打ち合わせでは自社の製品やサービスを軸に、「御社の課題を解決(軽減)できる提案をさせてください」といって、2回目の打ち合わせをその場、もしくは打ち合わせ終了後の御礼メールの際に確定するのが良いです。

※「鉄は熱いうちに打て」ですね。

 

最後に

さて、今回は序文もあったため長くなりましたので、先述の通り、「商談-2回目(提案)」~「クロージング(契約)」~「アフターフォロー(リピーター)」については次回説明したいと思います。

 

次回もそうですが、今回の内容は先に紹介した「行動経済学が最強の学問である」や「BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ」以外にも、以下のYoutubeチャンネルなども参考にさせていただきました。

 

日本営業科学協会が運営する大学校 - 行動経済学応用コース

 

では、また次回!