ビジネス×行動経済学

行動経済学や行動心理学など行動科学の理論やバイアスをビジネスに適用することを目的にしたブログです

【コラム㉗】 出社強制とリモートワークのはざまで:企業文化と従業員の心理を探る

皆さん、こんにちは。
本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

行動経済学の理論を中心に、行動心理学や認知心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

今回は日本経済新聞に掲載されていた以下の記事について言及したいと思います。

www.nikkei.com

コロナ禍で多くの企業がリモートワークを導入せざるを得なかった中、従業員はオンライン会議ツールを活用して新しい働き方に適応してきました。リモートワークにより通勤時間がなくなり、仕事とプライベートのバランスを取れるという大きな利点もあり、多くの従業員がリモートワークの継続を望んでいます。しかし、最近の動向を見ると、特に米国ではアマゾンやウォルマートといった大手企業が再び出社を義務付ける方針を打ち出しており、その波は他の企業にも広がりつつあるようです。

日本経済新聞の調査によれば、米国の主要企業100社のうち、実に58社が週3日以上の出社を求めており、そのうち8社は毎日の出社を義務付けている一方で、エヌビディアやペプシコなど10社は出社義務を設けておらず、リモートワークを維持しているそうです。このように、企業によって対応が異なるものの、労働市場の需給が緩和しつつあることから、企業側が強気に出社を求める傾向が見られます。

特にアマゾンは、2025年1月から週5日の出社を義務付ける方針を発表しており、従業員に大きな反発を引き起こしているそうで、このような出社強制の動きは、労使間の力関係の変化や、企業文化の維持を目的としていることが背景にあるようです。今回のコラムでは、こうした出社強制の流れが企業と従業員にどのような影響を与えるのか、行動経済学、行動心理学、社会心理学の視点を交え、さらに日本企業に与える影響についても考察していきます。

 

企業側の思惑:コントロールと権威の維持

出社強制の背景には、企業側のアンカリング効果が強く働いています。米国企業、日本企業を問わず、パンデミック以前の「オフィス勤務が当たり前」という基準に戻ろうとする心理的傾向が見られます。特に日本では、オフィスでの対面コミュニケーションや、組織全体での一体感が重視される文化が根強く、リモートワークを「特別な状況での一時的措置」として捉える企業も多いです。

さらに、コントロール欲求も企業の決定に影響しています。リモートワークでは、従業員の行動や生産性を企業側が把握しにくいと感じ、出社によって従業員を直接的に管理したいという欲求が強まります。これは、特に日本企業において、「管理職が目の前で従業員の働き方を確認することが必要」という考えが根強く、企業側が「管理されることが従業員の仕事の一環である」という前提に基づいているからです。

また、集団同調性も重要な要素です。他の大手企業が出社を義務化すると、同じ業界内での企業もそれに倣おうとする傾向が強くなります。特に日本企業は、競合企業や市場の動向に敏感であり、他社が取った方針に追随することで「自社も正しい判断をしている」という安心感を得るケースが多く見られます。

 

従業員の心理的反応:自由の侵害とストレス

一方、従業員側ではリモートワークの継続を望む声が強いです。ここで作用するのが現状維持バイアスです。日本の従業員も、リモートワークという新しい働き方に慣れ、それを維持したいと感じています。特に日本の大都市に住む従業員にとって、リモートワークは通勤時間の削減に大きなメリットをもたらしており、その便利さを手放すことに強い抵抗感を持っています。

また、突然の出社強制は心理的リアクタンスを引き起こします。自由な働き方を奪われると、従業員はそれに対して強い反発心を抱き、企業に対する不満が高まります。リモートワークが続くことを期待していた従業員にとって、出社義務化は心理的契約の破綻を意味し、信頼関係が損なわれる可能性があります。

さらに、出社に伴う通勤時間も問題となります。日本の大都市では、長時間の通勤が従業員に大きな負担を与えており、この点でも出社義務化は大きな不満の原因となっています。ここで私見を述べると、企業が出社を強制するのであれば、通勤時間を労働時間としてカウントするべきだと考えます。特に日本では、長い通勤時間が従業員のストレスや疲労を増加させており、これを仕事の一環として認めることで従業員の負担を軽減し、モチベーションの低下を防ぐことができるでしょう。

さらに、最近の研究(スタンフォード大学や香港中文大学によるもの)では、週3日の出社と在宅勤務を組み合わせたハイブリッド勤務が、完全出社と比較して生産性に違いが見られないどころか、離職率を3分の2に減少させることが確認されています。この研究は、トリップドットコムの従業員を対象に実施され、生産性評価や昇進率、個々のパフォーマンス要素においても有意な差異がなかったことを明らかにしています。特に女性や通勤時間が長い従業員にとっては、ハイブリッド勤務が大きな利点をもたらしていることが分かっています​。

www.nikkei.com

日本企業の現状と今後の影響

日本の企業でもコロナ禍で一時的にリモートワークが導入されましたが、現在では多くの企業が再び出社を求めています。実際、ある調査では、日本の主要企業の約40%が週3日以上の出社を義務付けていると報告されています。しかし、このような強制的な出社の流れが続くと、従業員のモチベーション低下や優秀な人材の離職につながるリスクがあります。

特に注目すべきは、企業の権威や集団規範を守るという心理的動機が、出社義務化に影響を与えていることです。しかし、これが企業にとって長期的なメリットをもたらすかどうかは不透明です。米国のように強制的な出社を導入することで、従業員の不満が高まり、結果的に離職率が上がる可能性もあるでしょう。

日本企業特有の問題として、出社を重視する背景には、オフィスでのコミュニケーションや集団の一体感を重視する文化が存在します。これにより、リモートワークによる「目に見えない働き方」への不安が企業内で広がりやすく、出社を強く求める要因となっているのです。特に、管理職層が「部下の働き方を直接確認できないこと」に不安を感じ、出社を推奨することが多いと考えられます。

一方で、出社を強制することは日本企業にとってリスクも伴います。米国のように強制的な出社義務を導入すると、従業員の離職率が上昇するリスクや、モチベーション低下が懸念されます。リモートワークに慣れた従業員が、柔軟な働き方を求める一方で、出社を強いられることで不満が高まり、優秀な人材が離れていく可能性があります。

また、アマゾンやウォルマートといった大規模雇用主が出社を義務化すると、これに追随する日本企業が増える可能性があります。出社義務化の波が広がる中で、日本の企業が柔軟な働き方を提供できなければ、国内外の競争力に悪影響を与える可能性があると記事にはありました。

そのため、企業はリモートワークのメリットを活かしつつ、出社を必要とする場合は従業員の負担を軽減するような施策を検討することが重要です。例えば、通勤時間を労働時間に含めるなどの措置は、従業員のストレスを軽減し、出社義務への不満を和らげる可能性があります。

出社とリモートワークの狭間(DALL・Eで作成)

まとめ

企業が出社を強制する背景には、単に生産性の向上や組織の一体感を取り戻すという理由だけではなく、もっと根本的な思惑があるのではないかと感じます。それは、「出社すべきという方針に従えない者は不要であり、辞めてもらって構わない」という強気な態度です。この姿勢が企業の決定に透けて見えます。

労働需給の緩和により、企業は人材を確保するために従業員に迎合する必要が少なくなりつつあります。特に大企業では、「従わない従業員が離職しても、他に代わりの人材はいる」と考えている場合も少なくないでしょう。この点で企業は、出社を通じて従業員を管理し、従わない者を淘汰する手段として出社強制を利用している可能性があります。

しかし、今回の検討結果を踏まえると、企業が従業員のパフォーマンスを最大化するためには、出社の強制だけに頼るのではなく、柔軟な働き方を積極的に取り入れることが重要だということが分かります。先述のスタンフォード大学と香港中文大学の研究でも、ハイブリッド勤務によって離職率が大幅に低下し、生産性も完全出社と同等に維持できることが示されています。このような柔軟な勤務体制は、特に通勤時間が長い従業員や女性にとって大きな利点をもたらしており、企業はこの点を無視できないでしょう。

企業は単に「従わない者は不要」と切り捨てるのではなく、従業員の声に耳を傾け、柔軟な働き方や制度の導入を検討すべきです。例えば通勤時間を労働時間にカウントするなどの措置は、従業員の負担を減らし、出社に対する抵抗感を和らげる効果があります。

結果として、企業は従業員と共により柔軟で生産的な働き方を模索することが、今後の競争力を維持するために不可欠です。スタンフォード大学と香港中文大学の研究は、大規模企業でも同様の結果が得られる可能性が高いことを示しており、日本企業でもこのようなハイブリッド勤務を取り入れることが競争力強化につながるでしょう。

 

次回も、ビジネスに役立つ行動経済学の理論を紹介します。お楽しみに!