ビジネス×行動経済学

行動経済学や行動心理学など行動科学の理論やバイアスをビジネスに適用することを目的にしたブログです

【コラム⑯】 医療現場の働き方改革:行動経済学的アプローチで実現する医師の負担軽減と医療体制維持の両立

皆さん、こんにちは。

本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

行動経済学の理論を中心に、認知心理学社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

今回は9月3日の日本経済新聞の記事『勤務医の働き方改革、道半ば 規制後も超過労働24%』について、行動経済学との関係性に触れながら勤務医の働き方改革について探求していきたいと思います。

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はじめに

働き方改革の進展により、医師の労働時間を適正化する取り組みが進んでいますが、その一方で、医療提供体制の維持が難しくなる懸念もあります。特に、労働時間の制限が診察可能な患者数の減少を引き起こし、患者に対する医療提供が制限される可能性が指摘されています。以降は、医師の負担を軽減しながらも医療提供体制を維持するための解決策を行動経済学の視点から考察し、具体的なアプローチを提案します。

 

現状の課題

現在、日本の医療現場では、医師の長時間労働が依然として大きな課題となっています。多くの意思が規制後も超過労働を続けており、労働時間の適正化が進んでいないことが調査で明らかになっています。さらに、労働時間の制限が診察可能な患者数の減少を引き起こし、医療提供体制の維持に影響を与えることも懸念されています。

また、「宿日直」の特例も大きな問題となっています。この特例は、夜間や休日の業務で「軽度や短時間の業務であれば勤務時間と見なさない」という制度ですが、実際には多くの勤務医が日中と同様の業務を行っており、結果として労働時間の制限が形骸化しています。これは働き方改革の趣旨に反し、医師の過労を防ぐための規制が効果を発揮していないことを示しています。

 

行動経済学的課題分析

コンフォートゾーンからの脱却困難

医師や医療機関長時間労働を続けているのは、現状の働き方に慣れ親しんでいるためです。これは「コンフォートゾーン」に留まろうとする心理的なバイアスであり、変化に対する抵抗感を生み出しています。医師たちは、患者の命を守るためには現在の方法が最も効果的だと信じており、これが働き方改革を進める上での障壁となっています。

不可避の長時間労働

多くの医師は、患者を診るためには長時間労働をせざるを得ない状況にあります。これは「制約付き選択」の一例であり、選択肢が限られている中での最善の行動として長時間労働を選んでいることを意味します。医師の労働時間の問題は、個々の選択の問題ではなく、医療提供体制全体の構造的な課題として捉える必要があります。

「宿日直」の特例と無意識の同調圧力

「宿日直」の特例は、一部の医師にとって労働時間の延長を強いる要因となっています。この特例は、他の医師たちも同様に長時間働いているという「社会的規範」によるプレッシャーを増幅し、結果として同調圧力が生じています。医師たちは、自分だけが負担を減らすことが他の同僚に対して不公平だと感じてしまい、結果的に長時間労働を続けることになります。

 

行動経済学的アプローチによる解決策

負担の見える化とシステム的支援の提供

医師の労働負担を軽減するためには、まず現状の労働時間や負担を可視化し、医師がどのような状況で働いているのかを明らかにする必要があります。行動経済学の「デフォルトバイアス」を考慮し、医療機関全体のシステムとして、医師が長時間労働をしないことを標準(デフォルト)とする労働環境を整えることが有効です。これにより、医師が無理に長時間働かなくても済むようなサポート体制を構築することが可能です。

役割分担とタスクシフトの促進

医療従事者全体の役割分担を強化し、看護師、薬剤師、医療事務などが医師の業務の一部を分担する「タスクシフト」を推進することで、医師の負担を軽減します。行動経済学の「相対的選好」の理論を活用し、医師以外の医療従事者の役割を再評価し、業務を共有する文化を醸成することが重要です。これにより、医師の診察負担を減らし、診察可能な患者数の減少を防ぐことができます。

「宿日直」の特例の見直しとガイドラインの明確化

「宿日直」の特例については、実際の労働内容が労働時間として適正にカウントされるよう見直しが必要です。行動経済学の「透明性の原理」を導入し、勤務時間と実際の業務内容を詳細に記録することで、労働時間の適正化を図ります。また、医療機関全体でガイドラインを整備し、医師が過剰な労働を強いられないようなシステムを構築することが重要です。

デジタル技術と遠隔医療の導入

デジタル技術や遠隔医療の導入を進めることで、診療の効率を高め、医師の負担を軽減することが可能です。例えば、AIを活用した診断支援システムや、患者の遠隔モニタリングによる診療の効率化を図ることで、医師の労働時間を短縮することができます。行動経済学の「ナッジ理論」を利用し、医師が無理なく効率的に働けるよう、デジタルツールの使い勝手を改善することが重要です。

地域医療連携の強化

地域内の複数の医療機関が連携し、患者の診療を効率的に分担することで、医師一人あたりの負担を軽減します。行動経済学の「社会的証明」を活用し、地域医療連携の成功事例を共有することで、他の医療機関も同様の取り組みを行うよう促します。これにより、地域全体での医療提供体制の効率化が進み、診察可能な患者数の維持が可能となります。

最適化された医療現場(DALL・Eで作成)

 

まとめ

医師の働き方改革は、単に労働時間を短縮するだけでなく、医療提供体制全体の効率化と質の向上を目指す必要があります。医師たちが仕方なく行っている長時間労働を軽減するためには、次のような行動経済学的な視点が重要です。

まず、負担の見える化を行うことで、医師が自分の労働状況を客観的に評価し、改善の余地を認識することができます。次に、タスクシフトの促進を通じて、医療チーム全体での役割分担を再構築し、医師が本来の診療業務に専念できる環境を整えることが不可欠です。また、「宿日直」の特例の見直しと透明性の確保により、労働時間の適正化を図り、過労を防ぐための仕組みを強化します。

さらに、デジタル技術の導入による診療効率の向上と、地域医療連携の強化による負担の分散は、医師一人ひとりの負担軽減だけでなく、医療提供体制全体の効率化に寄与します。これらのアプローチを組み合わせることで、医師の健康と患者のケアを両立させる持続可能な医療提供体制を構築することが可能です。

行動経済学の視点から見たこれらの施策は、医師の働き方改革を実現するための鍵となるでしょう。現場のニーズに即した具体的なアクションを通じて、医療現場の改善を進めていくことが求められます。

 

今回はここまでです。また次回!