皆さん、こんにちは。
本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。
行動経済学の理論を中心に、行動心理学や認知心理学、社会心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。
日本にディズニーランドが誕生したのは、私がまだ小学生の頃です。両親と訪れ、初めてのディズニーランドで見た、色とりどりのパレードやキャラクターたちとの触れ合いなどは、どれもが強く心に残っています。ポップコーンの甘い香りがする園内、賑やかな笑い声、目の前に広がる幻想的な世界。子供心に「本当に夢の国だ」と感じたものです。
それから年月が経ち、私は親として自分の子供とともに再びディズニーを訪れました。今度は親としての視点から、施設の美しさやサービスの細やかさに感動し、「やっぱりディズニーはすごい」と再確認しました。
しかし、日本経済新聞の記事にもある通り、最近そのディズニーが「富裕層シフト」を進めています。
「夢の国」は誰もが楽しめる場所であるべきですが、現在のディズニーの方向性は、そうした理想から離れているように感じたので、今回のコラムで、その方向性について、行動経済学の理論を中心に分析してみたいと思います。
ディズニーの富裕層シフトの実態:経営的な意図とその背景
最近のディズニーランドやディズニーワールドでは、入園料が高額化し、一部のアトラクションには優先搭乗パスという高額なチケットが導入されています。例えば、米フロリダのディズニーワールドでは、最大449ドルの「ライトニングレーン・プレミアパス」が登場しました。このパスを購入すれば待ち時間なくアトラクションに乗れますが、「富裕層だけが夢の国を楽しめるのか」という嘆きの声も上がっています。
特に家族連れには負担が重く、繁忙日に4人家族で訪れる場合、入園料と優先搭乗の料金だけで最大2592ドルにも達します。これは、食事やお土産を含まない額です。消費者の声には「高すぎる」という不満が増えており、かつて誰もが楽しめる「夢の国」として位置付けられていたディズニーに対する価値観が、いま大きく揺らいでいます。
一方で、ディズニーの高価格路線は合理的な収益戦略という面もあります。ディズニーは「来場者数よりも収益を重視する」という方針を打ち出し、例えば1人100ドルで100人の入場者を集めるよりも、1人120ドルで90人の入場者から1万800ドルを稼ぐ方が効率も良いと同社の戦略を分析する声もあります。こうした戦略によって、ディズニーはプレミアパスをはじめとする高額サービスの提供を進め、少人数でも高収益を実現する構造を構築しています。ディズニーにとって、プレミアパスのような追加サービスはコストがほぼかからず、その収益は純利益として会社に還元されるため、事業の安定に寄与するわけです。
富裕層シフトがもたらすプラスの側面:収益性の向上とブランド強化
この富裕層シフトには、ポジティブな側面もあります。まず、ディズニーのプレミアム価格設定は、マーケティング理論における「価格=価値」の原則に基づいています。高価格は価値の高さを表現し、顧客はディズニーでの体験が他のテーマパークよりも特別であると感じます。これはいわゆる「ベブレン効果」に通じ、高価格な商品やサービスが魅力を増す現象を引き起こします。高所得層の顧客にとって、ディズニーのプレミアム体験はステータスシンボルとしても機能し、上質な時間を過ごすことで満足度も高まります。
また、「希少性バイアス」もディズニーの価格戦略に寄与しています。高価格帯のプレミアパスやVIPツアーは「限られた特別な体験」として希少性が強調され、顧客にとって特別感が増します。これはブランドの高級路線を確立し、消費者に「ディズニーならではの特別な体験」を感じさせ、ディズニーのブランド価値を高める効果があります。
富裕層シフトがもたらすマイナスの側面:公平性バイアスとファン離れのリスク
しかし、この富裕層シフトには大きなデメリットもあります。代表的なものとしては、「内集団・外集団バイアス」があげられます。富裕層向けのパスを購入することができない一般層の来園者は、ディズニーの「夢の国」が「お金で時間を買える人々だけのもの」として感じてしまい、疎外感や不平等感が高まります。特に、「待ち時間が増え、家族での楽しさが損なわれる」との声も上がっていて、ディズニーの顧客層間に格差が生じている実態が浮き彫りになっています。
さらに、「公平性バイアス」も影響しています。多くの人にとって、ディズニーランドは「誰もが平等に楽しめる」場所であるべきとの信念が根付いています。しかし、富裕層シフトが進むことで「夢の国」の理念から遠ざかり、顧客が不公平感を抱きやすくなります。特に、ファミリー層や中流層の顧客にとって、ディズニーの価格が高くなることは、楽しい体験を遠ざける要因になり得ます。従来のファン層が離れるリスクも高まり、ディズニーへの愛着や忠誠心が揺らいでいると言えるでしょう。
日本への影響とファミリー層への負担
日本においても、東京ディズニーリゾートがオリエンタルランドによって運営されているため、米国のディズニーの動向は影響を与えています。実際、2024年3月期の東京ディズニーリゾートの客単価は20年3月期比で4割増の1万6644円に達しており、富裕層シフトが日本にも波及し始めています。この傾向が続くと、家族連れでの来園が困難になり、特にファミリー層の負担が増える可能性があります。日本でも同様に「家族で楽しむ夢の国」という理念が揺らぎかねません。
ディズニーの今後の選択肢:収益性と公平性のバランス
ディズニーの今後の選択肢については、富裕層向けのプレミアム体験をさらに強化しつつ、一般層が楽しめるエリアや割引チケットを導入する「ハイブリッド戦略」が重要と考えます。この戦略により、広範な顧客層をカバーし、ディズニーの魅力を多層的に提供することで収益性を確保することが可能になります。
また、デジタル体験の充実もあるでしょう。バーチャルリアリティを活用した「バーチャルディズニーランド」を提供することで、物理的な来園が難しい中流層や低所得層にもブランド体験を広げることができます。これにより、富裕層シフトによる疎外感を緩和し、幅広い層の顧客に「夢の国」のエッセンスを提供することが可能となります。
富裕層と一般層の間に感じる不平等を緩和するため、ディズニーが社会貢献活動や持続可能な取り組みを強化することがブランドイメージの維持に効果的かもしれません。「誰もが楽しめる夢の国」としてのディズニーの姿勢を再確認することで、消費者の支持を広範に維持することができるでしょう。
まとめ
ディズニーの富裕層シフトは、短期的には収益性を向上させ、ブランドの高級路線を強化する合理的な戦略です。しかし、一方で「夢の国」という理念が損なわれ、ファミリー層や中流層の顧客がディズニーから離れるリスクも伴います。これまで築き上げてきたブランドイメージと顧客の信頼が揺らぐ中で、ディズニーは富裕層シフトを続けるだけでなく、広範な顧客層に対応する柔軟な戦略を模索する必要があります。
具体的には、プレミアム体験と一般体験の二層化や、バーチャル体験の拡充、持続可能な活動を通じたブランドの価値向上が今後の展開において重要です。特に、デジタル技術を駆使した新たなエンターテインメントの提供や、多様な価格帯のプランを導入することで、ディズニーは「誰もが楽しめる夢の国」としての理念と、「特別な体験を提供するブランド」としての位置付けを両立できる可能性があります。
皆が楽しめるディズニーが、これからも幅広い層に愛され続けるために、企業としての柔軟性と消費者への配慮が試されていると言えるでしょう。
次回も、ビジネスに役立つ行動経済学の理論を紹介します。お楽しみに!