
皆さん、こんにちは。
本ブログでは、行動経済学や行動心理学の知見を、企業経営や現場マネジメントにどう活かすかを考えていきます。理論だけでなく、現場での失敗や試行錯誤も含めて、「人はなぜそう動くのか」「どうすれば望ましい行動を“自然に”引き出せるのか」を丁寧に掘り下げていくことを目指しています。
昨年末から私は、中国に工場を抱えるメーカーで、生産管理と品質・現場改善を支援する立場になりました。そこで改めて痛感しているのが、「日本的な性善説マネジメントでは、中国工場はまず回らない」という現実です。日本語が堪能な現地スタッフと話していても、「本社の意図を汲んで、いい感じに柔軟に動いてくれるだろう」と期待すると、見事に裏切られます。
そこで今回は、1月からお届けしてきた「中国人マネジメント」シリーズの最終回として、これまでの議論を一段抽象度の高いレイヤーで総括してみたいと思います。ここまで第1弾では「性利説OS」としての前提の違いを確認し、第2弾では品質ゲーム、第3弾では隠蔽ゲームとバグ・バウンティ、第4弾ではあいまいな指示=バグだらけのソースコードという比喩で、個別のハックを見てきました。
しかし、それらは単なるバラバラのテクニックではありません。実は、「人の心根ではなく、性利的な行動原理を前提に設計された統治OS」の、別々のレイヤーに当てたパッチでもあります。そしてその背後には、2000年以上前の中国で語られた**韓非子・法家思想**とも通じる、「人を変えず、ルールとUIを変える」という発想が横たわっています。
法家と聞くと、「冷酷な支配」「厳罰主義」といったイメージが先に立ちます。しかし行動経済学の観点から読み替えると、法家はむしろ、「人のバイアスと損得勘定を織り込んだメカニズム&UI設計論」だったのではないか――。性善説ではなく、性利説を前提にしつつも、それを冷酷な支配の道具ではなく、“フェアなUI”として実装できるかどうかが、現代の中国工場マネジメントの分かれ目になっているように思います。
そこで今回は、
- 性善説・性悪説・性利説を「UIの優しさ・残酷さ」という観点から整理し直し、
- 第1〜4弾の内容を性利説マネジメントOSのレイヤー構造として再整理し、
- 韓非子の「法・術・勢」をメカニズムデザインとUI設計の言葉で読み替え、
- 性利説マネジメントOSの設計原則と「心理的安全性」「リファクタリング可能な法」を明文化し、
- 日本本社/駐在員・出張者/現地幹部の立場別Tipsをまとめたうえで、
シリーズ全体のメッセージを整理してみたいと思います。
性善説より性利説が優しい理由──人間観をUIとして捉え直す
日本企業のマネジメント議論では、しばしば「人間観」としての性善説・性悪説が語られます。しかし、中国工場の現場で日々起きているのは、「人は善いのか悪いのか」という哲学ではなく、「どの前提のもとでルールやUIを設計すると、一番フェアに機能するのか」という、ごく実務的な問題です。この章では、性善説・性悪説・性利説を、「どんな人にとって優しいUIなのか/残酷なUIなのか」という観点から整理し直してみます。
性善説は、「人は本来善い」「真面目に頑張れば報われる」という前提に立っています。日本型の組織では、「空気を読む」「忖度する」「あうんの呼吸」など、暗黙の期待や“行間”を共有できることが前提になりがちです。一見すると温かく、人間的な世界です。しかし、ここには大きな落とし穴があります。
「空気を読める人」は評価されますが、「空気を読むことが苦手な正直者」は、しばしば「気が利かない」「協調性がない」と見なされ、一番損をする立場に追い込まれるからです。これは、UIという観点で言えば、高コンテクスト前提の“バリアフリーではない画面設計”と言えます。
一方、性悪説は、「人は放っておけば悪いことをする」という前提から、強い監視と罰で行動を抑え込もうとします。短期的には確かに統制力がありますが、恐怖に依存したシステムは持続性に乏しく、抜け道を探す行動をむしろ助長してしまう危険もあります。モラル・ハザードや不正のトライアングルを考えると、「見つからなければいい」「バレないように工夫しよう」という歪んだインセンティブを生みかねません。
それに対して性利説は、「人は基本的に損得で動く」という冷静な前提を置きます。冷たいように聞こえますが、UIとして見ればむしろ「誰が使っても同じ結果が返ってくる公平なインターフェース」を志向しやすい発想です。
- 何をすれば評価されるのか
- どこからがNGで、どこまではOKなのか
- 報告したときに、自分は得をするのか損をするのか
といったルールが明確であれば、「空気を読むのが得意かどうか」とは無関係に、誰でも同じ土俵で戦えます。性利説を前提にした設計は、実はユニバーサルデザイン/バリアフリーUIに近いと言えるかもしれません。
小さなコラム:車大工と棺桶屋の話
韓非子には、性利説を端的に表すエピソードとして、しばしば次のような話が引用されます。
車大工は、人が長生きして金持ちになることを願う。
棺桶屋は、人が早く死ぬことを願う。
だからといって、車大工が善人で、棺桶屋が悪人なのではない。
それぞれの「利」が、そう願わざるをえない立場をつくっているだけだ。
重要なのは、「どちらが善人か/悪人か」ではなく、「どういう利害構造のなかに置かれているか」です。
同じ人でも、車大工になれば「健康と長寿を願う行動」を取り、棺桶屋になれば「死者が増えるほど売上が上がる」という現実に向き合わざるをえない。行動を決めているのは、その人の道徳心よりも、配置されたインセンティブの構造だ、という冷静な指摘です。
中国工場の現場で起きる「サボり」や「隠蔽」も、これと同じです。
中国人が特別に悪いわけではなく、「サボると得」「隠すと得」になる構造に置かれているから、その行動を選んでいるだけです。ここを性善説で「心構え」の問題として語ってしまうと、永遠にすれ違いが続きます。
だからこそ、中国工場では、性善説ではなく性利説をOSレベルで前提に置き、そのうえでフェアなUIを設計する方が、むしろ人に優しい。この視点を持てるかどうかが、日本本社のマネジメントにとっての分岐点になります。
第1〜4弾で何をしてきたのか──性利説マネジメントOSのレイヤー構造
これまでの4回は、
- OSの違い(性利説OS)
- 品質と手抜き
- 隠蔽とバグ・バウンティ
- あいまいな指示とIf-Thenプランニング
と、一見バラバラなテーマを扱ってきました。しかし、ソフトウェア開発の世界でおなじみの「OS/ゲームルール/UI」というレイヤー構造に当てはめてみると、これらは**性利説マネジメントOSの別々の層に当てたパッチ**として整理できます。

まず一番下のレイヤーにあるのが、第1弾で扱った「性利説OS」です。
日本側が無意識のうちに前提にしている「性善説+社会規範(忠誠心・空気)」ではなく、中国工場では「性利説+市場規範(損得・契約)」が圧倒的に強く働いている。このOSの違いを理解しないまま、「日本語が通じるから大丈夫だろう」と考えると、UIは正常に見えても、中で動いているロジックはまったく別物、という事態になります。
その上のレイヤーが、第2弾・第3弾で扱った「ゲームルール(法+インセンティブ)と情報フロー」です。
第2弾では、品質の手抜きを「不正のトライアングル」と「双曲割引」で分析し、
- プレッシャー(納期・生産ノルマ)
- 機会(検査省略のしやすさ)
- 正当化(みんなやっている/どうせバレない)
の3つが揃っているからこそ、手抜きが“合理的な選択”になることを確認しました。そして、「守ると損」「サボると得」になっているゲームを、「守ると得」「サボると即損」に書き換えるインセンティブ設計を考えました。
第3弾では、同じフレームを「隠蔽ゲーム」に適用しました。
- プレッシャー:報告すると怒られる
- 機会:黙っていればバレないかもしれない
- 正当化:混乱を避けるため/様子を見てから
という構造が、「悪い報告が上がってこない」現場を生み出している。そこで、ソフトウェア業界のバグ・バウンティの発想を持ち込み、
- 第一発見者ボーナス
- 早期報告免責
- 再発防止案まで含めた報告への加点
といったメカニズムで、「正直者が最も得をするゲーム」に設計し直す必要があることを整理しました。
さらに一番上のレイヤーにあるのが、第4弾で扱った「UI=指示の出し方」です。
どれだけOSとゲームルールを整えても、実際に現場で発せられる指示が
- 「いい感じで」
- 「なるべく早く」
- 「本社の意図を想像しながら柔軟に」
といった日本的あいまいワードであれば、「人間コンパイラ」である現地スタッフは、それを自分にとって一番都合のよい仕様にコンパイルするでしょう。
そこで、第4弾では、指示をIf-Thenプランニング(条件分岐)として書き換え、形容詞を捨てて数値・写真・動画**で仕様定義すること、そしてTeach-backで**「理解のハッシュ値を照合する」ことを提案しました。
このように、第1〜4弾は、
- OSレイヤー:性利説OS
- ゲームルールレイヤー:品質・隠蔽のインセンティブ設計
- 情報フローレイヤー:バグ・バウンティ的メカニズム
- UIレイヤー:指示のIf-Then化・仕様定義・Teach-back
という、統治システム全体のレイヤー構造に、別々のパッチを当ててきたプロセスだったと言えます。
韓非子・法家を「冷酷な支配」から「メカニズム&UI設計」として読み替える
ここで視点を少し変えてみます。実は、今見てきたような「OS/ルール/情報フロー/UI」という発想に近いことを、2000年以上前の中国で体系化しようとした思想家がいました。それが、秦の始皇帝に影響を与えたと言われる韓非子です。
韓非子は、統治の仕組みを「法・術・勢」という三つの要素で捉えました。
ただし、そのまま現代ビジネスに持ち込むと、「人を操る」「厳罰で縛る」といったイメージが先行し、冷酷な支配術として誤解されがちです。そこで本稿では、この三つをメカニズムデザインとUI設計の言葉で読み替えることで、「性利説マネジメントOS」との接点を整理してみたいと思います。
まず「法」は、言うまでもなくルール・評価軸・賞罰の枠組みです。
行動経済学的に言えば、「どこからどこまでが損失(ロス)としてカウントされるのか」「何をもって成果と見なすのか」という参照点の設計にあたります。第2弾・第3弾で扱った品質ルールや報告ルールは、まさにこの「法」の部分でした。
次に「術」は、しばしば「人を操るテクニック」と訳され、ネガティブに捉えられがちです。しかし、現代の言葉で言い換えるなら、むしろ「望ましい行動を自然と引き出すメカニズムデザイン(行動デザイン)」と見る方がしっくりきます。
バグ・バウンティ、班別インセンティブ、第一発見者ボーナス、早期報告免責といった仕組みは、すべて「正直者が損をしないように情報と行動の流れを設計する術」です。これは陰謀ではなく、「性利的に考えても、この行動を選ぶのが一番得だ」と思ってもらうための仕組み設計にほかなりません。
最後に「勢」です。これも「権威」や「権力」と訳されるため、「偉そうにすること」と誤解されがちですが、ここで重要なのは、「ルールを一貫して運用し続けるコミットメントと強制力」という側面です。
どれだけ立派な法と術を用意しても、違反が起きたときにマネージャーが
- 「今回はたまたまだし、見なかったことにしよう」
- 「長年頑張ってくれている人だから、大目に見よう」
と例外処理を繰り返していれば、現場はすぐにそれを学習します。「ルールは形だけで、実際はなあなあでいける」というメッセージになり、システム全体の信頼性が崩れてしまうからです。
「勢を保つ」とは、威張ることではなく、例外を安易に認めず、ルール通りに運用し続ける一貫性へのコミットメントだと読み替えた方が、現代のマネジメントには適合します。
こうして見てみると、法家OSとは、
- 人の性善を前提にするのではなく、
- 性利的な行動原理とバイアスを織り込んだうえで、
- 法(ルール)・術(メカニズムデザイン)・勢(コミットメント)の三層で統治システムを設計する、
という試みだったとも解釈できます。
それは決して「冷酷な支配のテクニック」ではなく、むしろ、多様なバックグラウンドを持つ人々が働く環境における、“フェアで予測可能なUI”をつくるための古典的知恵だと言えるのではないでしょうか。
性利説マネジメントOSの5原則──心理的安全性と「リファクタリング可能な法」
ここまで見てきたように、性利説OSと法家の枠組みを重ね合わせると、「中国工場マネジメントにおける設計原則」がかなりクリアになってきます。個別のテクニックに分解せず、あえて原則レベルで整理すると、少なくとも次の5つにまとめることができそうです。
原則1:インセンティブとシグナルを揃える
口では
- 「悪い情報ほど早く上げてほしい」
- 「品質を最優先にしてほしい」
と言いながら、実際の評価では、
- 早く報告した人を減点する
- 納期を守った人だけを高く評価する
という運用をしてしまっていないか。ここをチェックするのが最初の原則です。
行動経済学的に言えば、「シグナル(メッセージ)」と「インセンティブ(実際の報酬・罰)」が逆方向を向いている状態は、最悪のUIです。
中国工場に限らず、「言っていること」と「やっていること」がズレている組織では、どれだけスローガンを掲げても、現場は「損得」に従って動くだけです。
補足:性利説OSにおける「心理的安全性」とは何か
ここで、最近のマネジメント論で頻出する「心理的安全性」を、性利説OSの文脈で捉え直してみます。心理的安全性というと、「何を言っても怒られない温かい職場」というイメージが先行しがちですが、異文化環境・中国工場のような現場で本当に効いてくるのは、少し違う側面です。
性利説OSにおける心理的安全性とは、
- ルールが明確で、
- 適用が一貫しており、
- やるべきことをやれば理不尽に怒られないし、やったことは必ず守られる
という「予測可能性の高さ」にあります。
性善説的な「あうんの呼吸」に頼る職場は、一見温かく見えますが、「どこからがアウトなのか」が分からないぶん、実は空気を読めない人にとって最も心理的に不安定で残酷なUIになりがちです。
逆に、性利説OS+明確なルール運用は、ドライに見えても、
- ルール通りにやれば必ず守られる
- バグ報告をすれば罰ではなく、むしろ評価される
という意味で、多様な人にとっての本当の心理的安全性を生みます。ここを意識して設計できるかどうかが、性利説OSの成否を分けるポイントになります。
原則2:即時性と可視性を優先する
双曲割引の議論でも見たように、人は「遠い将来の大きな損失」よりも、「目の前の小さな得・楽」を選びがちです。これは人間に共通する性質であり、中国人だから特別に短期志向というわけではありません。
だからこそ、フィードバックは“早く・目に見える形で”返す必要があります。
- 不良品をまとめて後で注意するのではなく、その場で本人や班に返す
- 班別のポイントや、報告件数を見える化する
- 早期報告に対して、その日のうちに「助かった」と明示的に伝える
といった仕掛けは、双曲割引を逆手に取って、「良い行動に対する即時の小さな報酬」を設計する工夫だと位置づけられます。
原則3:ナッシュ均衡を設計する
第2・第3弾で見てきたように、多くの問題は、個人の性格ではなく、「サボる・隠す・ごまかす」ことが性利的に合理的になっている均衡から生じます。
ここで必要なのは、「もっと真面目にやれ」という説教ではなく、ゲームそのものの均衡点を設計し直すことです。
- 守る・報告する・仕様を詰める = 一番楽で、一番評価され、将来のリスクも小さい
- サボる・隠す・ごまかす = 一見ラクに見えても、期待値マイナスの賭け(うまくいっても得が小さく、失敗したら大損するギャンブル)
という構造をつくれれば、性利説OSで動く人ほど、望ましい行動を自発的に選ぶようになります。ナッシュ均衡を「良い行動側」にずらすのが、マネジメントの設計課題です。
原則4:小さな割れ窓を放置しない
法家は、「小さな違反を見逃すな」と繰り返します。行動科学で言う**割れ窓理論**も同じ発想です。最初の小さなサボりや隠蔽を「このくらいならいいか」とスルーすると、
- 「ここはこの程度なら許される職場だ」
というメッセージになり、次第にエスカレートしていきます。このとき責められるべきは、最初にサボった個人だけではなく、「それを見て見ぬふりをしたマネジメントの勢の弱さ」でもあります。
原則5:ルールは“リファクタリング可能なコード”と捉える
最後に、法家思想の弱点としてよく指摘されるのが、「法を絶対視するあまり、環境変化に追随できず、硬直化する」点です。現代のマネジメントでは、ここに「リファクタリング」という発想を重ねる必要があります。
- 法は絶対だが、固定ではない
- バグ(運用上の不具合や想定外の副作用)が見つかったら、
* 人を責めるのではなく、コード(ルール)を修正する
* 移行期間を設けながら、より良い仕様に書き換える
ルールを一度決めたら終わりではなく、**運用しながら改善する前提で設計する**。このサイクルを回すことこそが、マネージャーの本来の仕事なのだ、という位置づけが重要です。
誰が何を変えるのか──日本本社・駐在員・現地幹部の実務チェックリスト
最後に、「明日から何を変えるのか」を明確にするために、立場別のチェックポイントを簡単に整理しておきます。
日本本社がやるべきこと
- 「性善説+空気」に頼ったスローガン(忠誠心・気持ち・やる気など)を一度棚卸しする
- 評価・賞罰・報告ルールが、言っていることと同じ方向を向いているかを点検する
- 「本社の意図を汲んで柔軟に動いてほしい」といったあいまいな期待が、現場に期待値マイナスの賭けを強いていないかを振り返る
- 中国工場を「例外扱い」せず、むしろグローバル標準のUIを先行実装する実験場として位置づける
そしてもう一点、実務上非常に重要なのが、「OS入れ替え期のJカーブ」を覚悟することです。性善説的ななあなあ運用から、性利説OS+明確なルールへ切り替えると、最初の数カ月は必ず反発や戸惑いが生じます。
- それまで見逃されていたバグや違反が一気に顕在化する
- 「前はここまでうるさく言われなかった」といった不満が出る
といった一時的なパフォーマンスの落ち込み(Jカーブの底)は避けられません。
このタイミングで日本本社が
- 「やっぱり厳しすぎたかもしれない」
- 「中国だからこのくらいは目をつぶろう」
とブレてしまえば、せっかくの性利説OSは機能しなくなります。まさにこの移行期こそが、韓非子の言う「勢(コミットメント)」が試される局面だといえるでしょう。
駐在員・出張者がやるべきこと
- 指示をIf-Thenで書き下し、「なるべく」「いい感じで」といった形容詞を極力排除する
- 写真・動画・サンプルなど、**UIとしての具体物**を積極的に使う
- Teach-backで「分かりましたか?」ではなく、「ではあなたの言葉で説明してみてください」と、**理解のハッシュ値を照合する**
- 「本社の望むものを想定して柔軟に動いてほしい」といった、“日本人同士ならなんとなく通じる指示”を封印する
- ルールの運用結果を記録し、「どこでバグが出たか」「どの仕様が現場に合っていないか」を、本社と共有する
現地幹部・班長がやるべきこと
- 班別ポイントやライン別指標など、チーム単位でのインセンティブを設計する
- 初期報告者への免責・加点ルールを明示し、「見つけた人が得をする」文化をつくる
- 小さな割れ窓(ルール違反・手抜き・隠蔽)に対する初動対応フローを、あらかじめ決めておく
- 本社とも対話しながら、運用上のバグが出たルールをリファクタリング対象として上げていく役割を担う
まとめ
ここまで見てきたように、中国工場マネジメントの本質は、「性善説か性悪説か」ではなく、「性利説を前提にフェアなOSとUIを設計できるか」にあります。
性善説は一見、人に優しい思想に見えます。しかし、あいまいな期待や空気読みを前提にした職場は、実は「空気を読むのが得意な人だけが報われ、読めない正直者が一番損をする、残酷なUI」になりがちです。
一方、性利説を前提にした設計はドライに見えますが、「ルールが明確で、誰でも同じ操作をすれば同じ結果が返ってくる」という意味では、むしろユニバーサルデザインに近い発想です。
韓非子・法家思想も、冷酷な支配術としてではなく、
- 法(ルール・評価軸)
- 術(メカニズムデザイン・行動デザイン)
- 勢(一貫したコミットメントと執行力)
という三層で**性利説OSを動かす統治システム**だと読み替えれば、行動経済学と非常に相性の良い「古典的OS設計論」として見直すことができます。
さらに現代では、ここにDX(デジタル・トランスフォーメーション)という強力な実装手段が加わりました。人間が運用するとどうしても情や手加減が入り込んでしまう「法(ルール)」を、
- センサー
- IoT
- ログ
- AIによる異常検知
といった非情なシステムに代行させることで、「例外」や「なあなあ運用」を減らし、性利説OSを最も純粋な形で動かすインフラとして位置づけることができます。
DXは単なる効率化のツールではなく、「フェアなUIとしての性利説マネジメントOS」を現場に埋め込むための実装技術だ、という見方もできるでしょう。
中国工場に限らず、海外拠点、多様なバックグラウンドのメンバー、リモートワークが当たり前になった組織において、求められているのは、もはや「同質的な日本人的性善説でなんとかする」マネジメントではありません。
必要なのは、
- 性利説OSを率直に前提に置き、
- 人のバイアスと損得勘定を織り込んだうえで、
- 誰にとっても予測可能でフェアなUIを設計すること
だと思います。
今回の5回シリーズが、中国工場だけでなく、海外拠点や多様なメンバーを抱える組織全般にとって、「人を変えずに、仕組みとUIを変える」ためのヒントになっていれば幸いです。今後予定しているSCMやセキュリティ、工場DX続編のテーマにも、この「性利説OS+法家×行動経済学」の視点を横展開していければと思います。
今回はここまでとします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。