
皆さん、こんにちは。
本ブログでは、行動経済学を企業経営やビジネス戦略の現場で活用するための実践知をお届けしています。理論だけでなく、行動心理学・認知心理学・社会心理学といった周辺領域の知見も交えながら、組織の意思決定や環境設計への応用方法を考えていきます。

今回からは5回に渡り「バッテリー安全保障」というテーマを扱っていきます。テーマ名だけを見ると、いかにも技術や認証、法規制の話に見えるかもしれません。けれども実際には、それだけではありません。東京消防庁によると、リチウムイオン電池関連火災は平成26年の19件から令和5年には167件へ増え、過去最多となりました。
しかも製品用途別では、モバイルバッテリーが44件で最多です。令和5年の火災では負傷者も14名発生しており、単なる「小さな電池トラブル」の域を超えています。 (出典:東京消防庁『リチウムイオン電池搭載製品からの出火が過去最多』)
さらに、この問題は個人の持ち物の事故で終わりません。2025年7月にはJR山手線の車内でモバイルバッテリーが発火し、5人がけがをし、約9万8000人に影響が出ました。2026年1月には東京メトロ日比谷線でも、乗客のモバイルバッテリーから発煙したとみられる事案が起き、約3万6000人に影響が出ています。つまり今起きているのは、家庭の中だけの製品事故ではなく、日常の持ち物が公共空間の混乱要因にまでなっているという事態です。 (出典:ケータイ Watch『国交省、機内持ち込みのモバイルバッテリーで「個数制限」「充電禁止」新ルール案公開』)
しかも厄介なのは、危険が見つかっても、それが社会からすぐに消えないことです。消費者庁が2026年1月14日に公表した資料では、Ankerの対象モバイルバッテリーのうち一部製品は2025年6月26日から回収・交換を実施しているにもかかわらず、2026年1月13日時点の回収率は21.6%でした。

対象台数は40万台を超える製品も含まれており、「リコールが出たから安心」とはとても言えない現実があります。日本ではモバイルバッテリーにPSE対応や表示責任があり、経済産業省は2024年12月28日から、過充電による発火事故を防ぐための電圧監視に係る技術基準が日本市場に流通する全てのリチウムイオン電池に適用されると案内しています。国土交通省も、機内持込みについて、160Wh以下・1人2個まで、機内での本体充電禁止、モバイルバッテリーから他機器への充電禁止という新ルール案を示しました。 (出典:消費者庁『Ankerモバイルバッテリー回収・交換の周知』2026年1月14日公表資料/ビジネス+IT)
一方、中国でも制度強化は進んでいます。2025年8月からモバイル電源・リチウムイオン電池・電池パック向けのCCC新規則が施行され、2026年3月1日からは新規認証品に追跡QRの付与が始まっています。つまり世界は今、バッテリーを「便利な周辺機器」ではなく、「市場に出した後まで管理しなければならない存在」として扱い始めているのです。そこで今回は、なぜ今バッテリー安全保障が経営課題になったのかを、事故、規制、回収、そしてブランド毀損の連鎖から読み解いていきます。 (出典:経済産業省『インターネット取引における製品の安全確保について』)
ここで重要なのは、「事故が増えているから気を付けよう」という道徳論で終わらせないことです。人は危険を知っていても、それを自分事としては認識しにくいものです。企業もまた、安全の重要性を口では理解していても、売上、納期、価格競争、供給安定といった別の目標に引きずられます。結果として、危険は見えているのに、対応は後手に回る。この構図は、行動経済学でいう正常性バイアス、現在バイアス、責任の拡散、そして集団浅慮でかなり説明できます。バッテリー安全保障とは、技術の問題である前に、人と組織の行動の問題でもあるのです。
危険な顔をしていない危険物:「見た目が無害」という最大の脆弱性
モバイルバッテリーの最大の厄介さは、性能や容量そのもの以上に、「危険な顔をしていない危険物」である点にあります。生活に溶け込んだ“無害な見た目”が、警戒心をほどき、正常性バイアスを強化してしまう。ここではまず、日用品化が危険認識を鈍らせるメカニズムを整理したうえで、事故件数の増加が示す現実、そして「見慣れたものほど危ない」というパラドックスを、行動科学の言葉で解きほぐしていきます。
「見た目が無害」という最大の脆弱性:正常性バイアスの罠
まず確認したいのは、モバイルバッテリーの社会的な位置づけが、この数年で大きく変わったという点です。スマートフォンの普及、動画視聴の常態化、モバイルワークの広がりによって、多くの人にとって「念のために持ち歩く道具」から「なければ困る日用品」へ変わりました。日用品になると、人はそれを危険物として認識しにくくなります。これが正常性バイアスです。毎日使っても何も起きない。周囲も普通に使っている。店にも大量に並んでいる。そうした日常の経験が積み重なるほど、人は「たまにニュースになる例外的な事故」としか見なくなります。
けれども、行動科学の観点から見ると、身近さは安心の根拠にはなりません。むしろ逆です。身近なものほど警戒が解けやすく、危険を想像する力が弱まります。私たちは、包丁や火のように、見た目にも危険が分かるものには慎重になります。しかし、モバイルバッテリーは小さく、軽く、デザインも整っていて、危険の外見をしていません。つまり、「危険物である」という情報より、「日用品である」という感覚の方が先に立ってしまうのです。
数字は嘘をつかない:事故の増加が示す現実
その感覚が危ういことは、東京消防庁の統計がはっきり示しています。リチウムイオン電池関連火災は、平成26年の19件から令和5年には167件へ増え、10年で大きく増加しました。しかも令和5年の製品用途別では、モバイルバッテリーが44件で最多です。東京消防庁は、火災の約15%が部分焼以上の延焼火災に拡大し、負傷者も14名発生したとしています。つまり、これは「たまに起きる小さな不具合」ではなく、統計として増えている安全問題なのです。
ここで効いているのは、正常性バイアスだけではありません。現在バイアスも強く作用しています。安全性の高い製品設計、厳格な部材管理、保護回路の検証、回収対応の整備には、いずれも「今」コストがかかります。ところが事故は、起こるとしても「未来のどこか」です。人は将来の不確実な損失より、目の前の確実なコストを嫌います。そのため消費者は安い製品に惹かれやすく、企業は安全投資を「必要だが急ぎではない」と判断しやすくなります。危険そのものより、危険対策のコストが目の前に見えてしまうからです。
たとえばユーザー側では、出張前夜にバッテリーの膨らみに気づいたとしても、「今から買いに行く」「データを移す」「予備を探す」といった手間(確実なコスト)を嫌い、『今回だけは大丈夫だろう』とカバンに入れてしまう——この判断が起きがちです。未来の不確実な損失より、目の前の確実な面倒を回避してしまう。これが現在バイアスの典型例です。
見慣れたものほど危ない:日用品化のパラドックス
モバイルバッテリー問題の厄介さは、危険が存在することではなく、危険が生活の背景へ溶け込んでしまったことにあります。高性能化した危険物が、便利な日用品として受け入れられている。しかも、多くの人はそれを毎日のルーティンの一部として扱っています。カバンに入れっぱなしにする、車内に置く、旅行先で雑に扱う、膨らみや発熱を感じても「まだ使える」と思う。こうした行動は、特別に不注意な人のものではありません。日用品化した危険物に対して、普通の人が普通に取りやすい行動なのです。
この構造を見ないまま、「使い方に気を付けましょう」で終わらせるのは不十分です。問題は、危険なものを危険として感じにくい社会的・心理的な条件がすでに整ってしまっていることです。だからこそ、このテーマは単なる製品安全の話ではなく、認知の問題、行動の問題、そして経営の問題として扱わなければならないのです。
一つの発火が数万人を止める:事故が社会インフラ問題になる理由
次に見ていきたいのは、モバイルバッテリー事故が、もはや個人の所有物の不具合では終わらないという点です。ひとたび公共交通機関や人が密集する空間で事故が起きれば、影響は所有者本人を超えて、多くの利用者や社会インフラへ一気に広がります。この章では、なぜバッテリー事故が「品質問題」であると同時に「社会的な安定性の問題」でもあるのかを、外部性や集団浅慮の観点から掘り下げます。
個人の事故が公共の混乱に変わる瞬間
モバイルバッテリー事故を『所有者の自己責任』で片付けてはいけない理由は、その影響が所有者本人の範囲にとどまらないからです。2025年7月のJR山手線の事案では、車内でモバイルバッテリーが発火し、5人がけがをしました。混乱の中で乗客が線路へ降りた影響もあり、山手線や中央線などが最大約2時間運転を見合わせ、約9万8000人に影響が出ました。2026年1月の東京メトロ日比谷線の事案でも、けが人は出なかったものの、一時運転見合わせで約3万6000人に影響が及びました。所有者から見れば「自分の持ち物が燃えた」事故でも、公共交通機関の中では、一瞬で社会的コストへ拡大します。
この点は、行動経済学でいう外部性の問題として整理できます。普段はそのモバイルバッテリーの利便性を所有者だけが享受しますが、事故が起きた瞬間、遅延、避難、負傷、運休、現場対応、信頼低下といったコストは社会へ広く拡散します。つまり、所有者が便益を受け取り、社会が損失を負担する構造になっているわけです。この構造のもとでは、個人の自発的注意だけで社会にとって望ましい安全水準が確保されるとは限りません。だからこそ、制度やルールが必要になります。
外部性という視点:本人の便益と社会の損失が一致しない
ここで重要なのは、事故の被害が「火傷をした」「製品が壊れた」だけにとどまらないことです。公共空間では、人は火や煙そのもの以上に、周囲の混乱に反応します。誰かが叫ぶ、車内がざわつく、乗務員が停止を指示する、乗客が出口へ集中する。そうした一つ一つの反応が、二次的な被害や混乱を生みます。つまりモバイルバッテリー事故の社会的コストは、製品の損傷や火傷だけでなく、「場の秩序が崩れること」そのものにもあるのです。
この外部性を考えると、バッテリー安全保障は「個人が注意すればよい話」ではなくなります。もし事故コストが完全に本人だけに返ってくるなら、自己責任論にも一定の説得力があるかもしれません。しかし、実際には社会的損失が大きく、しかも広く拡散する。そうである以上、メーカーの設計責任、流通段階での表示責任、公共交通における持込みルール、回収導線の整備などが求められるのは、ごく自然な流れです。
「うちとは違う」で終わる組織:集団浅慮の入り口
ここで企業の側に目を向けると、集団浅慮の問題が見えてきます。鉄道事故のような大きなニュースに接したときでも、社内会議では「海外の安い製品の話では」「特殊な使い方だったのでは」「うちの製品とは条件が違う」といった解釈が出やすいものです。誰か一人が完全に間違っているわけではありません。しかし、各部門がそれぞれ少しずつ都合の良い解釈を持ち寄ると、組織全体としては深く考えないまま「まあ当社は大丈夫だろう」という合意に流れます。
これが集団浅慮です。事故情報は共有されても、危機感までは共有されない。しかも、営業は価格競争を気にし、開発は納期を気にし、購買は原価を気にし、品質は規格適合を気にする。その結果、事故を「自社の経営問題」として真正面から捉える人がいなくなるのです。だから事故は、品質問題で終わらず、社会インフラの問題へ、さらに経営の問題へと広がっていきます。
回収率21.6%の現実:危険な製品はなぜ市場から消えないのか
事故が起きた後、多くの人は「リコールが出れば危険は市場から消えるはずだ」と考えます。しかし現実には、回収対象になった製品が長く社会の中に残り続けることが少なくありません。そこには、制度や流通の問題だけでなく、人が手間を先送りし、今使えているものを手放したがらないという行動科学的な要因があります。この章では、なぜ危険な製品が市場からすぐに消えないのかを、回収率の低さと未回収リスクの構造から整理していきます。

リコールが出ても戻らない:回収率の低さが意味するもの
事故が起きた後、多くの人は『リコールが出れば、問題は収束に向かうはずだ』と考えます。けれども現実は、そんなに単純ではありません。消費者庁の2026年1月14日の公表資料では、Ankerの対象モバイルバッテリーの一部製品は2025年6月26日から回収・交換を実施していたにもかかわらず、2026年1月13日時点の回収率は21.6%でした。しかも対象製品の一つは40万1771台という大きな規模です。つまり、リコールが公表されても、社会の中には未回収の製品が相当数残ることになります。
この数字は、事故の難しさを別の角度から示しています。危険は「発生すること」だけが問題なのではありません。危険が「市場の中に残り続けること」もまた深刻なのです。バッテリー安全保障を考えるとき、事故件数だけでなく、未回収製品の量も見なければならない理由はここにあります。
先送りを生む心理:現在バイアスと現状維持バイアス
なぜ回収率は低くなるのでしょうか。ここには現在バイアスと現状維持バイアスが強く働きます。回収手続きは面倒です。型番を確認し、対象かどうかを調べ、申請し、発送し、代替品や返金を待つ。その手間は「今」の負担としてはっきり感じられます。一方で、事故回避は「将来起きるかもしれない危険を減らす」という不確実な利益です。人はこの種の場面で、将来の利益を過小評価し、目の前の面倒を過大評価します。
その結果、「あとでやろう」「まだ使えるから大丈夫」「うちの個体はたぶん問題ない」という判断に流れやすくなります。ここにはサンクコスト効果もあります。買ったばかり、まだ使える、旅行や出張で必要、防災備蓄として取っておきたい。そうした理由は一見合理的に見えますが、すでに持っているものを手放したくない心理が、回収を遅らせている面もあります。
未回収リスクが残る構造:譲渡・中古・共有という現実
回収の難しさは、個人の心理だけではありません。譲渡、中古販売、家族共有、職場の備品化、ノベルティ配布など、所有者と使用者が一致しないケースも多いからです。一度市場に出た製品がどこにあるのかを、メーカーが完全に追い切るのは難しい。ここに、後の回で扱うトレーサビリティや追跡QRの意味が出てきます。
企業の側もまた、この現実から逃げがちです。リコールを公表した時点で「やるべきことはやった」と考えたくなる。しかし本来重要なのは、発表したかどうかではなく、どれだけ実際に市場から危険を減らせたかです。ここで起きやすいのが目標置換です。回収の“開始”が目的化し、回収の“完了率向上”が脇に追いやられる。ここでもまた、行動の設計が足りないのです。
規制はコストではない:制度は行動を再設計する(外部装置としての規制)
事故が増え、しかも危険な製品が市場からすぐには消えないのであれば、制度が強化されるのは自然な流れです。日本ではPSEや表示責任、航空機内での持込み・使用ルールが見直され、中国でも3C認証の運用強化や追跡の仕組みづくりが進んでいます。ここで強調したいのは、規制対応を「追加コスト」と捉えた瞬間に、議論が受け身で止まってしまうことです。制度に従うことは、組織のバイアス(正常性バイアス、現在バイアス、集団浅慮など)を矯正するための“外部装置”を運用へ組み込むことでもあります。この章では、制度変更を「行動の再設計」として捉え直し、なぜそれが実務家にとってプラスになるのかを整理していきます。
日本の制度は「売る責任」を押し上げている
ここまで見てきた事故の増加と未回収リスクを踏まえると、日本でも中国でも制度が強まっていることには、かなり明確な理由があると分かります。経済産業省は、リチウムイオン電池やその搭載機器を販売する際には、消費者の安全を守る責任があると明記しています。さらに、2024年12月28日からは、過充電による発火事故を防ぐための電圧監視に係る技術基準が、日本市場に流通する全てのリチウムイオン電池に適用されると案内しています。これは、「危険な製品を売るな」というだけでなく、「売るならこの水準の安全設計を備えよ」と責任水準そのものを押し上げているのだと理解すべきでしょう。
航空ルールは「行動のデフォルト」を変える装置
国土交通省は2026年2月27日に、機内持込み可能なモバイルバッテリーを160Wh以下に限って1人2個までとし、機内でのモバイルバッテリー本体への充電や、モバイルバッテリーから他の電子機器への充電をしないことを新たに示しました。適用開始は2026年4月中旬予定です。これは、危険な人を取り締まるというより、危険が起きやすい行動のデフォルトを変えるためのルールと読むべきです。人は便利だとつい使ってしまう。大丈夫だろうと楽観してしまう。制度は、そうした人間の傾向を前提に、最初から安全側へ行動を寄せるよう設計されているのです。
中国の強化は“運用の緩み”を前提にした設計:追跡へ
中国でも同様に、制度強化は進んでいます。2025年8月15日から、モバイル電源、リチウムイオン電池、電池パック向けのCCC新規則が施行されました。さらに2026年3月1日からは、新規にCCC認証を取得した対象製品に追跡QRが必要になっています。これは単なる表示追加ではなく、認証取得後も、どの証書にひもづく製品なのか、どの生産者・型番・状態なのかを後から追えるようにする仕組みです。つまり制度は、一度認証を取ったら終わりではなく、その後の運用が緩みうることを前提に設計されているのです。
ここから見えてくるのは、制度強化の本質が「厳罰化」ではなく「行動の再設計」にあることです。人は情報を与えれば合理的に動くわけではありません。むしろ、情報があっても面倒を避け、今の便利さを優先し、曖昧さがあれば自分に都合よく解釈します。だから制度は、注意喚起の量を増やすのではなく、ルール、表示、個数制限、追跡、監督、回収導線といった形で、行動のデフォルトを安全側へ寄せる“外部装置”として設計されます。言い換えれば、制度に従うことは、組織のバイアスを矯正する外部装置を導入し、運用に定着させることなのです。
売れるかではなく、“安全を説明できるか”である
ここまでの議論を踏まえると、バッテリー安全保障は品質保証部門だけの個別課題ではなく、設計、調達、営業、物流、回収、顧客対応までを貫く経営課題だと言えます。事故が起きてから対応するのでは遅く、しかも組織は放っておくと、責任の分散や表面的な合意によって問題を先送りしがちです。この章では、これから企業に問われるのは何かを整理しながら、「安全を説明できる力」がなぜ競争力になるのかを考えていきます。
分業が安全を壊す:責任の拡散と集団浅慮
ここまで見てくると、バッテリー安全保障を品質保証部門だけの仕事として扱うこと自体に、すでに無理があると分かります。事故は増えている。事故は個人で完結せず、公共空間や社会インフラへ波及する。危険な製品はリコールしてもすぐには消えない。制度はそれに合わせて強くなり、設計、表示、輸送、回収、追跡まで含めた対応を求めている。これだけ条件が揃っているにもかかわらず、「安全は品質の仕事」「営業は売上」「購買は原価」「開発は納期」という分業感覚のままでいるなら、どこかで必ず綻びが出ます。
ここで起きやすいのが、責任の拡散と集団浅慮です。設計部門は「仕様は満たしている」と言う。購買は「コスト要求に応えた」と言う。営業は「市場が安さを求めている」と言う。品質は「最終検査は通している」と言う。どの人も部分的には正しい。しかし、全体として見たとき、「安全を誰が最後まで引き受けるのか」が曖昧になる。すると会議では、誰も全面的には反対しないが、誰も本気で止めない、という表面的な合意が生まれます。安全問題は、重大事故が起きる前には、いつもこうした静かな合意の中で先送りされます。
「規格に通った」だけでは足りない:説明できる安全へ
だからこれからの企業に問われるのは、「安全かどうか」より一歩進んで、「なぜ安全と言えるのかを説明できるか」です。セルの選定根拠、保護回路の考え方、充電器との組み合わせ、表示、取扱説明、輸送条件、回収導線、問い合わせ窓口——それらが一貫して説明できて初めて、安全はブランドになります。逆にいえば、何となく大丈夫、規格は通っている、他社もやっている、といった説明しかできない製品は、事故が起きたときに一気に信頼を失います。
今後の競争力は、価格の安さやスペック表の派手さだけでは決まりません。安全を説明できる力そのものが、選ばれる理由になっていくはずです。事故が起きた後に問われるのは、「その製品が危険だったか」だけではありません。「その会社は安全をどう考えていたのか」まで含めて見られます。だから、規格適合は必要条件ではあっても十分条件ではないのです。
安全は善意ではなく設計で守る:行動科学が効く理由
このとき、行動科学の発想は非常に実務的です。人に注意を促すだけでは足りない。手順を減らし、確認しやすくし、異論を出しやすくし、回収しやすくし、情報がたどりやすい状態を設計する。つまり、安全を“善意”に委ねないことです。優秀な担当者一人が頑張る会社より、普通の担当者が普通にやっても危険を減らせる会社の方が、長期的には強い。これは製造現場の標準化と同じで、バッテリー安全保障もまた、属人性から仕組みへ移すことで初めて安定します。
そして、私が在籍している会社のように、充電器、ケーブル、モバイルバッテリー、法人向けの電源ソリューションといった領域に関わる企業ほど、この視点は重要になります。なぜなら、事故が起きたときに問われるのは「一個の製品」ではなく、「その会社は安全をどう考えていたのか」という企業姿勢だからです。ここまで来ると、バッテリー安全保障はもはや技術論や法規制論にとどまりません。経営そのものの問いになります。
まとめ
ここまで見てきたように、バッテリー安全保障が経営課題になった理由は、単に事故件数が増えたからではありません。第一に、モバイルバッテリーが日用品化し、正常性バイアスによって危険が日常の背景へ溶け込んでしまったこと。第二に、事故が個人の損失で終わらず、公共交通や社会インフラへ外部化されること。第三に、危険が見つかっても、現在バイアスや現状維持バイアスによって回収が進まず、市場に未回収の危険が残り続けること。第四に、その現実を受けて、日本でも中国でも制度が、認証、表示、輸送、追跡まで含めて強化されていることです。東京消防庁の件数増加、消費者庁が示した21.6%という回収率、経産省の技術基準強化、国交省の機内持込みルール見直しは、その流れを裏づけています。
そして、行動経済学・行動心理学を含む行動科学の観点から見ると、この問題の本質はさらに明確になります。人は、危険を知っていても、身近なものほど危険と感じにくい。未来の事故より、目の前のコストや手間を嫌う。組織は、誰も完全には間違っていない状態ほど、深く考えないまま「まあ大丈夫だろう」で流れやすい。つまり、事故の背景には、技術的不具合だけでなく、人と組織の予測可能な非合理があるのです。ここを理解しないまま制度だけを追いかけても、企業はいつまでも受け身の対応しかできません。逆にいえば、バイアスや組織行動まで見渡して設計・認証・物流・回収をつなげられる企業は、安全を競争力へ変えることができます。
実務的な示唆もはっきりしています。安全を、品質部門だけのテーマにしないこと。事故情報を「うちとは違う」と片付けず、自社の意思決定へ引きつけて解釈すること。回収は発表したら終わりではなく、実際にどれだけ社会から危険を減らせたかで評価すること。規制はコストではなく、顧客と市場の信頼を守るための最低条件だと捉えること。さらに言えば、安全を説明する言葉を、営業、開発、品質、購買、経営が共有することです。説明できる安全だけが、ブランドになります。
そこで次回は、こうした事故がそもそもなぜ起きるのかを、より技術寄りに、しかし行動科学の視点を忘れずに掘り下げていきたいと思います。熱暴走、過充電、短絡、高温環境、セル品質、保護回路、充電器との相性、そして「いつも通り使っていたのに出火した」という東京消防庁のデータが意味するものを丁寧に見ていきます。事故は、粗悪品を引いた偶然ではなく、見えにくい複合要因と人間の判断の癖が重なって起きる。そこまで見えて初めて、中国の3C新規制や追跡QR、各国の制度差も腹落ちしてくるはずです。
今回はここまでとします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。